中川繁夫の記録

中川繁夫のブログです。

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奈良明日香村にある飛鳥寺の飛鳥大仏は日本で最初の大仏だというふれこみです。
二度目の訪問にになるのですが、昨日、MONNJIさんといっしょに訪ねました。
歴史上、由緒ある場所、明日香で、曽我馬子が建立したとか。
曽我入鹿の首塚というのが近くにあって、歴史で習った名前が出てきます。
学校で習う日本史に登場してくるから、誰もが知っていることになるんですね。

飛鳥寺からあるいて伝飛鳥板蓋宮跡へ連れていってもらいました。
飛鳥宮の遺構があって、大化の改新の舞台だったとか、入鹿はここで首を斬られたとか。
橘寺へも行きましたが、ここは聖徳太子の生まれた処が、寺院になっている。
最近、学校では、聖徳太子ではなくて厩戸皇子とかの名称で習うようですね。
現地に立ってみて、なんとなく古のイメージを抱きながら、歩かせてもらいました。

記録として写真を撮ってストックしていきますが、自分への資料です。
ブログで公開していきますが、そのとき訪れた自分の記録を連ねています。
写真って何だろうなんて論議がありますけど、ここでは自分の記憶と呼び覚ます道具。
いくつかのベーシックな枠組みで、写真行為をしていて、公開しているところです。
写真の論、もうあきた感じで、むなしさの気持ちで、日々対処しているところです。

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もう10年も前に花を撮っていた時期がありました。
ホームページ<花と小説>をつくったのが2010年4月だから、その当時です。
日本の美、この意識で身の回りを見てみると、着物があり花がありました。
日本の風土のなかで育まれ培われてきた感性、感覚に興味が向いていたのです。
大きくは文化とか文明とかの枠で、西欧ではない東洋の日本、ここに注目したのです。
写真や文学の素材として、花は色艶文化の中心軸でもあるかと思うのです。

ぼくが生まれたのは1946年、戦争が終わった翌年です。
戦後、西欧文化というよりアメリカ文化が日本文化のうえにかぶさります。
ぼくの感性はアメリカ文化に晒され、アメリカが日本よりも優位、の感覚がありました。
日本の美、これに興味を持ちだしたのはかれこれ50歳になるころでしょうか。
世界史の文明のひろがりから文化の変容を、それとなく意識しだしたのです。
日本の文化、とくに色艶もの、源氏物語から始まる情の物語に惹かれてきたのです。

花は女の象徴で、桜、牡丹、芍薬といった花たちから桔梗や撫子といった花、雑草の花。
見渡してみると花がいっぱい、それの図鑑的に撮りだして、その延長線上に小説です。
小説で、映像を越えるイメージで、ひとの情をどこまで刺激できるか、です。
イメージの領域で、絵画と写真は比較かんたん、アダルト動画とアダルト小説はどうか。
近年は動画の全盛期で、まだまだ高精度の画像が現れて、発展していきます。
それに対抗する文章の世界は、どうなのか、これがぼくの関心事では、あるのです。

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源融(みなもとのとおる)のお墓が清凉寺の境内の片隅にあります。
この人は、紫式部が書いた源氏物語のモデルとされた嵯峨天皇の皇子です。
清凉寺は嵯峨釈迦堂と呼ばれている寺院です。
中学生のころから何度も行っていますが、墓を探しあてたのは最近のことです。
嵐山の渡月橋の前からまっすぐの突き当りが、この清凉寺です。

源氏物語が書かれるのは源融が生きたという時代から100年ほど後のことです。
ということは融の話、紫式部が生きたときにまでその人柄が伝えられていた。
女が好きな男、というより女遍歴する男を、女の紫式部が興味を持ったということか。
紫式部の墓の横に小野篁の墓があるけれど、篁は紫式部より150年ほど前の人です。
紫式部は970年から978年までの間に生まれ1019年までは存命していたとされています。

今年になって、大覚寺の大沢の池を散策に、料金を取るようになったので興醒めです。
この大覚寺は嵯峨天皇の住まいがあった界隈の一角で、平安京の市中からは4キロほどか。
天皇の別荘があって、市中から通ってきたということです。
北嵯峨のこの地域、興味深々ですが、なにより男と女の物語りにイメージを馳せます。
千本えんま堂には紫式部の供養塔があります、ぼくのご近所で気になるスポットです。

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