現代表現研究

現代表現研究所のブログです。

京都写真学校カリキュラム
執筆:中川繁夫
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(006)写真の仕事現場

プロカメラマンの仕事現場と写真業界の話しをします。

写真を撮ることでお金をもらう。
こんな世界があることは、みなさん知っていることと思いますけど、
では、どうしたらそんな風になれるのかな、と思っていませんか。

写真を撮ることでお金になる、
つまり働くということが現状ではあまりないことを知ったうえで、
プロ写真の現場ってどんなところがあるのだろうか。

あなたが日々過ごしている中で、様々な写真があることに気づくと思います。
本屋さんへいけば雑誌には写真がいっぱい詰まっている。
雑誌にもいろいろあってファッション、モーター、トラベル、クッキング・・・。

新聞を見れば要所要所に写真があるでしょ。
取材写真といって雑誌に必要な記事の写真を撮ること、
広告のポスターの写真を撮ること、
こんな現場で写真を撮ることを想像するかも知れないけれど、
それだけではないんです。

結婚式の記念写真、
七五三や成人の記念に撮ってもらったこともあると思うけれど、
そんな仕事もありますね。

写真っていうのは静止画像ですので
主に紙媒体(雑誌や新聞)の仕事になりますが、
フリーで仕事として写真撮影を請け負う方法や、
フォトスタジオを開設して広告
つまりコマーシャルの仕事を請け負う方法などがあります。

そこでカメラマンとしてやっていくのに必要なことはなにかというと、
高度な技術力と専門分野の知識が必要になりますね。
それと一般常識とマネージメント。

仕事先の分野で言えば
出版系、スタジオ系、ジャーナリズム系と区分けしましょうか。
出版系では雑誌の写真撮影ですね。
先にもちょっとふれてますが、
料理、ファッション、旅行、モーター、スポーツ、自然風景、等々ですね。

あなたがどの分野の専門家であるのかです。
といっても何でも適当にこなす程度のことでも、
やっていけないことはないかも知れないですが、
それでも専門知識は必要ですよね。

スタジオ系では主にコマーシャル、カタログ掲載写真(ブツドリっていってます)、
記念写真(フォトスタジオって看板あがってる)の仕事があって、
技術力がつけばそれなりの仕事になります。

ジャーナリズム系といったら報道カメラマン、
フリーで新聞社なんかとの契約で現地取材したり、
特派員として現地取材したりします。

このように写真の仕事現場はいろいろあることが判りますが、
どのようにしたらそんな職業に就けるのだろうかということが知りたいですよね。
職業とする基本には、写真が好きでそれなりの知識も備わっていて
なおかつやる気が必要です。

そのうえで、具体的なアプローチが必要ですから、
自分の目的意識を明確にしていくことが必要なんです。

京都写真学校カリキュラム
執筆:中川繁夫
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(005)写真のネットワーク

いま、ここで考えようとしている「写真のネットワーク」とは、
新しい時代の人間の生き方を探っていくための、
開かれたネットワークのことです。

現在、地球上のあらゆる場所で、学問上のあらゆる分野で、
生産と消費生活のあらゆる領域で、
これまであった社会システムや考え方では解決できないことが
あらわになってきているように思います。

このことは、世界の構造(国家と国家の関係のありよう)や
世界経済システムの変化により、
個々の人間のあり方も
急激に変化していかなければならないように思えています。

この変化はグローバル化する世界構造において、
いろいろと問題点がクローズアップされています。

ぼくたちの周辺を見てみても、
精神世界や宗教関連の出版物があふれ出していることや、
自然と親しむ方向(ルーラル化)への情報が
テレビ番組や雑誌などの特集が多くみられるようになったことがあります。

これは近代以前に人間社会が培ってきた
文化環境を取り戻す試みとして、
その現在的な問題を解決していくことを
暗示しているように見受けられます。
ぼくたちはこの情勢の変化を的確にとらえて、
新たな人間関係のネットワークをつくっていく必要が
あるのではないかと思っています。

各生産分野(特にここでは写真生産分野を中心として)
の専門領域においても、
このままでは人間不在ともいえる新しい商品開発の研究のみが
先行していくようにも感じています。

写真の分野では、モノクロ写真からカラー写真へ、
そして現在はデジタル写真へと移行しています。
そして、いつもその周りには消費者としてのぼくたちが存在しています。

あるシステムが商品化されることで完成したものとみなすとすれば、
フイルムをベースにしたカメラと写真処理はすでに完成品であって、
ぼくたちは消費者の域をでることができなくなってしまったのです。

デジタルカメラはすでに商品化されて機材としては完成しました。
今後は部分的改良が加えられてそのつど需要を喚起してきます。
でもそのソフトウエアである写真表現の形はまだ始まったばかりです。
現在はフイルム写真からの置き換え過程です。
20年ほど前にレコード板からCDへ移行したようにです。

ぼくたちはいま、
世界が統一(グローバル化)されていく力の構図に対して
どのようにして一人ひとりの人間としての
希望の実現を試みていくのかということが求められているのです。
こうした視点から見てみると、
いろいろと現れてくる新しい仕組みに対して
それぞれが意識的に対処していくことが求められていると思います。

これらのことを具体的に実現していくためには、
いまある商品としての価値観から意味を組み替えるべく
新しい考え方の体系を模索しながら、
新しい世界観をつくっていける個人と個人のネットワークが
必要だと思っています。

これから先、ぼくたちが具体的にやらなければならないことは、
写真を撮り、写真を創るということを中心としながらも、
現代のいろいろな問題を考えながら、
写真表現の形にしていくことだと思います。

自由に発想し新しい時代を創っていくためには、
具体的な方法を取得する場を創り出すことが必要で、
写真ワークショップのネットワークは
そのような場になればいいなと考えるところです。

価値や意味をとらえる思想の領域から、
生産と流通と消費の領域までを含む、
ぼくたち自身の一体化した新しいシステムを創り出していくことが
必要になっていると思います。

この写真ワークショップも、
すでにある価値観や意味するもののなかにありますが、
また、デジタルネットワークという商業システムを
使っていくことになるのですが、
紙一重のところでそこからの脱却を図って
それぞれが独自のメディア展開を
していけるようにしていきたいと思っています。

写真のネットワークとは、
ぼくたちが新しいメディアに使われるのではなくて、
これをぼくたちのために使いこなしていくことに尽きると思います。
具体的なネットワークの創り方は別項にて提案していきます。
大きくいえば、デジタル環境を使っての
ネットワークシステム作りということです。


京都写真学校カリキュラム
執筆:中川繁夫
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004)写真を学ぶ基本軸

あなたがこの学校で写真を学ぶ意味はなんだろう

京都写真学校で学ぶことの3つの輪は

  (1)技術を学ぶ
  (2)理論を学ぶ
  (3)実践を学ぶ

この3つの領域がリンクしていくことで
あなたのスタイルに反映するものとして全体につながっていきます。

写真を学び始められるあなたの目的は、
もちろん写真の専門家(プロカメラマン)になることや、
高度な表現者(作家)になること、
または充実した生活者(写真愛好者)になることの
どれかをめざすことになりますね。
その前段として、写真学校では、その形を支える基本軸、
あなた固有の生き方を紡ぎだすことを第一の目的とします。

写真を撮るということだけでは、生きることの部分でしかないわけです。
全体(生きることの全体、生活することの全体、社会生活することの全体)と、
分節された特定の部分(働くとこと、家族と生活するとこと、
欲求を満たすことの各部分)の中で
写真をつなげてみて、そこから全体を浮かびあがらせること。
そうして未来に向けて泳いでいく、泳ぎ方を想起させることだと考えます。

写真を学ぶことは、そして学校が生徒にできることって何なんだろな?
いろいろと考えられますが次の4点に要約しました。

 ◎表現するための技術を身につける

 ◎表現の過程を双方向でおこなうことで、
外面的な様式を身につけ、内面的なものとの対話をおこなう。 
そこから外形的な発表という形式を完成させていく

 ◎内面的なもの(感情)をまとめていくためには、様々な知識が必要です。
知識のマトリクス(枠)を自分流に自分のものにしていく。

 ◎それらの統合のもとに、生徒個別の写真群を生み出させていくこと。
ポイントは生徒の感性とその感性を生み出している社会環境の環境としての
身体の位置のマッチングからと思います。

 ◎このマッチングを可能にするためには、
現在時点での哲学的潮流や科学的潮流などの捉え方を、
脳の構造の中につくることと、
身体と情動を一体のものとしていき方の方法を選択していくこと。


あなたの生涯時間のなかで、これまでが漠然とした生き方だったとしたら、
現在は写真を学ぶことで明確化の糸口をつかむこと、
そして未来に充実した生き方を得る。

写真の専門家になるにせよ写真作家になるにせよ
写真愛好者になるにせよです。

京都写真学校カリキュラム
執筆:中川繁夫
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(003)写真はこころとこころのコミュニケーション

写真を撮る、表現する、ということは、こころとこころのコミュニケーションです。

ぼくはいまの時代、こころの失われた時代だと思っています。
一人ひとりには豊かなこころがあって、それを大切に抱えているのだけれど、
それよりも他人との関係やお金を稼がなければならなかったりで、
自分の気持ちに負担ばかりかけさせられてしまって、ひとりで悩んでしまう。
このような現状じゃないかなと思っています。

そうだとしたら自分のこころを、気持ちを、家族や友だちや、
大きくいえば社会に知ってもらいたい、共有したい、
こころの底から理解してもらいたい・・・・・・。
そう、いつもこころの深いところで、ひとりぼっち感覚をなくして、
日々楽しく満足感あふれる気持ちでありたい。

写真を撮っていくことって、
そんな気持ちをもって生きていくためのひとつの方法だと思います。

こころを共有するというのは、そんなに単純なものではなくて、
いろいろなプロセスを踏んでいかなければいけないけれど、
基本的には、写真を撮るということは、
そのことにつながっていくのだということを真っ先に知ってほしい。

写真を撮るということは、写真を仕事にしていくとしても、そうでないとしても、
自分が生きていくということに密着していることです。
ひとに自分のことを知ってもらい、自分を楽しくさせるもの、
それが写真を撮ることの基本だと思います。

このことを実現させるために、そのなかで自分が生きていくために、
写真を撮る技術のことや、
考え方や思い方、
過ぎ去った日々のことを知って、
自分のいまいる場所を確認していくことが必要なのです

写真を使ってぼくとあなたが双方向でやり取りします。
これは直接にぼくがあなたのこころと対話するものです。
新しい時代の写真は、こころとこころが交流できるコミュニケーションの形です。
言ってみれば境界線のないコミュニケーションの方法です。こころとこころの共有です。

写真はあなたのこころを豊かなものにするものです。

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☆フリースペース聖家族とはどんな場所だったのかな。
(2009年5月に執筆の文章)

聖家族は1979年12月、中川繁夫の写真展「ドキュメント釜ヶ崎」の展示会場となった場所です。
河原町蛸薬師のメインストリートの裏に当時の先進的若者が集まるパブ(飲み屋)がありました。20㎡前後の空間でした。その場所を写真展やレクチャーや公開討論会などに使うスペースとして開設したものです。

中川繁夫の釜ヶ崎写真展が2回(79.12&80.3)と4月~7月閉店までの4ヶ月に写真展3回、ビデオ上映2回、それに音楽ライブや討論会などが開催されました。

しかし1980年8月場所代の捻出が不可となり閉鎖せざるを得なくなり開始から約半年でフリースペース「聖家族」を休止せざるを得ない状態となりました。

2004年4月、ヴァーチャルサイトに綜合文化研究所が設立されて、そこで提案している「カフェ&プレス」の原形となるものでした。

フリースペース「聖家族」での催し
☆聖家族でなにがあったのかな。
・写真展
・ビデオ・コミュニケーション
・音楽ライブ
・討論会

☆聖家族で開催された写真展等の具体的内容を示す現存資料はペラの「フリースペース聖家族通信」1号~5号(3号なし)までが保存されています。
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フリースペース「聖家族」と釜ヶ崎の写真群

1979年12月「聖家族」において中川繁夫写真展「’79 釜ヶ崎」が開催されました。この年の夏、中川は釜ヶ崎三角公園で青空写真展を開催して労働者から好評をうけていました。そのとき展示された写真約300枚を聖家族の壁面・天井一面に展示するという内容のものでした。

聖家族はその当時のヒッピー文化の流れを汲む場所だったように捉えています。
聖家族主宰者石山昭氏と議論を交わしたことはありませんが、そのように理解しています。

当時、マリファナ裁判支援をおこなったり暗黒舞踏の理解者だった石山昭との出会いにより70年以降に起こってくるいくつかのムーブメントと併走していく体制が整いつつあるとの希望をもっておりました。

釜ヶ崎という労働者の町の実情を明らかにしていく写真と文章作業の道筋に、聖家族の空間がありました。
時代を共有するなにかが感じられて、聖家族主宰者石山昭氏と意気投合して、ここ「聖家族」から、人間の解放空間を創りだそう、というようなはなしを交わした記憶があります。

自主運営スペースがほしい、というインディペンデントの若手写真家たちの夢想を実現化しようとの試みを、聖家族において具体的に進めていくなかで参加者を呼びかけましたが、小さな難癖をつけるばかりで結局、既存の自称写真家たちの参加はありませんでした。
夢を語ることと実現させることの乖離を味わった最初であったわけです。

そういう環境でしたが興味をしめしてくれる若いひとたちのグループができつつありました。いくつかの写真展の企画とビデオアーティストの企画が実現していきました。


フリーペーパーとして「フリースペース聖家族通信」(映像情報の前身)が手書きコピーで発行されはじめましたが’80年8月、場所の更新契約に際しての資金調達ができないままにいったん休止に入りました。(結局再開できなかった)

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