京都写真学校カリキュラム
執筆:中川繁夫
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007)写真はおもしろい

いま写真がおもしろい!!
デジタルカメラで気の向くままに撮って見てまた撮って見て、
そこに友だちや大切な人がいれば
もっとおもしろい気持ちになるよね。

写真ってコミュニケーションのツールなんです。
でも、どうしたら上手になるのかわからないと悩み始めたひとへ贈ります。

写真はあなたの心です。心を表現するには表現する技術が必要です。

ところで「心」とはいったいなに?どんなものなのでしょうか。
いま、写真の心をめぐって、熱い議論が交わされつつあります。

京都写真学校では、
時代の本質を見つめ体感するための、カリキュラムを中心にした、
感じられる写真の創り方を勉強します。

写真がなぜ面白く感じられるのかというのは、
直接人間の、つまりあなたの心の奥深くに眠っている神秘さとか
感動を起こす感覚とかが目覚めてくるからだといいます。

写真というのは撮影技術をマスターしたからってわかるものではないです。
ますますわからなくなってくるように思うのが、
誰もが体験することではないですか?

なぜ、そうなるのかといえば、
写真を撮ることで何かを表現することなんですが、
それが自分の生きてるってことに直結していて、
生きているっていう快感なんです。
でもその意味を見きわめることって、
実はなかなか大変なことです。

これまで偉大な芸術家って呼ばれている人たちが
創造力をかきたてられた源泉は、
苦悩の奥深くにある快感を求めてきたのです。
それがひとを感動させるのではないでしょうか。

写真を始めたあなたは、ね。
つまり、すでにその入り口に立っているってことなんです。
祈るということではなくて、
あなた自らがいのちの恵みを受けに前へ進み出る、
というのが写真の行為そのものなのです。

写真が面白いと感じられるのは、
前へ進み出ることにつながっているからです。

でも、やればやるほど何を撮ったらいいのか、
どうしたらいいのかわからなくなるのも事実なのです。
ですから、その解決の糸口をほかのところから導いてこなければいけない。
自分に対して他者の存在があって、そこに境界があって、
この境界を越えていくコミュニケーションの方向、
自分の心を開いていくということなのですね。
そのための学習をすることが必要なのです。

写真を撮って人に見せたい、見てもらいたい、っていう欲求は、
このコミュニケーションを求めていることなのです。
ですから、あなたが撮った写真を支えているルールというか意味というか、
そういうものを自分で考えていかないと相手は感じてくれない。

写真を勉強するってことは、
そういう感じをあふれさせるということなのですが、
どうもこれまでの写真学校では技術的なことは教えてもらえるけれども、
喜ぶ快感はあまり教えてくれなかった。
むしろ写真を創っていくことは苦しいことなんだ、と教えてきたのです。

時代環境が変わってきて、
新しい生き方っていうのは
、この快感を快感として認めてあげることで、
これを求めていくことです。

新しい写真の勉強というのは、
そんな新しい時代の向こうにいくための心・気持ちをつむぎだしていくことです。
そういう新しいタイプの写真家を育てたいと思っているんです。