京都写真学校カリキュラム
執筆:中川繁夫

☆☆写真学講義☆☆
nakagawa shigeo 2004.6.16~2008.7.1
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サイアノタイププリント実習 2009.5.31

(013)アナログ写真とデジタル写真
2009年7月です。
今年、京都写真学校へ入学されてきた人は、全員がデジタルカメラ使用者です。
写真の世界は、どんどんとデジタルカメラ&フォトの時代になっています。
そうして、フィルムなどを使う写真の制作が、過去の手法になってしまう感があります。

京都写真学校では、今年2009年度では、サイアノタイププリント、ブロムオイルプリント、など、過去に制作された技法・手法の実習を行います。

フィルムを使った制作方法を含め、過去の手法を総合的に研究して、アナログ写真を考えます。
アナログ写真を過去のものとしてとらえるのではなくて、作品制作方法のひとつとしてとらえます。

最初に

この初稿を書いたときが2004年ですから、もう4年前になりますが、そのころには、まだフィルムを使って写真をつくることが多かった。
(商用には、すでにほとんどデジタル処理に移行していました)

その後、フィルムカメラの生産中止や、デジタル環境の変化などで、カメラといえばデジタルカメラであり、フィルム処理は、もう過去のものとなってしまった感があります。

この原稿をお読みになるみなさんは、どうでしょうか?
まだ写真をするならフィルムだ、なんて古い考えにとらわれていませんか。

2008年のいまや、もうデジタルカメラとデジタル写真が先にありきで、フィルムを使うのはその目的を持ってから、ということではないでしょうか。
2008.2.6 nakagawa sense

1 フィルム写真は残れるか

デジタル写真の時代になって、コマーシャルやエディトリアルの仕事も、
デジタルカメラを使うようになってきてます。
写真を仕事にするにせよしないにせよ、デジタル化へまっしぐらに進んでる現状です。

こういう現状にもかかわらずフィルムで写真を制作する人たちもいます。
フィルムにはフィルムの魅力がある!
確かに現状では粒子、色調など印画紙を使う限りフィルムの方がよい。
でもこれもデジタル技術の進化でフィルムを淘汰していきますよね?
フィルム写真が今後も残るとすれば、
それはフィルムしかできない領域を確保していかなければいけないんです。

写真が美術(アート)の一角を占めるようになって久しいですが
工業製品としての銀塩やカラー処理工程での残存というより
フィルムを使ってより手作り化していく方向での残存を想定しています。

作品制作者(作家)は銀塩だけではなく非銀塩の写真世界も含めて、
その技法や材料を吟味していくことを考えていかなければいけないと考えています。
つまり手作りの、かってあった技法を掘り起こしていく作業が求められるのです。

それともう一方の技術ではなく「写真が扱うテーマ」の問題があります。
フィルムがフィルム固有の向かうテーマとは何か、
ということを導きだしていかないと意味がないです。

フィルムとデジタルというふたつの媒体をどう使うのかというのが
当面の課題になりそうですね。

2 デジタル写真の時代

写真って映像文化の原点の形だと思うのですが
いま、フィルム時代からデジタル時代に移ってきています。

写真のデジタル領域では、デジタルカメラとパソコンとインターネットがあります。
明らかにこれまでの写真の社会的存在の形式が変わったと認定できると思います。
写真に撮られる内容は置くとしても、処理方法と発表形態が一変してるんです。

このような場所からみるとネット上で多くの写真が発表されています。
カメラメーカーはそれぞれに個人が写真アルバムをもてるようにしています。
個人がそれぞれにホームページをもつことが当たり前になりましたし
そこには自分で撮った写真が多く掲載されています。

これまでのフィルムベースの写真の制作プロセスと発表形態がよいのか
それともデジタル領域での制作プロセスと発表形態がよいのか
文化の過渡期にあってあたらしいデジタル領域は
従前のフィルム写真の方に回帰しようとしているようにも見受けられるます。

これは価値の軸をどこに置くのかということなんですが、
わたしたちの写真経験160年余はフィルムベースだったから
その領域で培われたノウハウに価値軸を見ているんですね、きっとね。

デジタル写真にはデジタル写真固有の場があるはずです。
その場所を作り出していくことが新しい写真学校には求められていると思います。

写真の内容が求めていくテーマにおいても
デジタル時代だからこそのテーマが導かれてくるものと思います。

写真がギャラリーやミュージアムの壁面を飾っていた形態から
バーチャル空間へ解き放たれていくとき
そこに新たなコミュニケーションの形が生成してくるものと思います。
この新たなコミュニケーションの形にこそ注視していくことが大切だと思います。

写真学校フォトハウス京都の求めるカリキュラムはこのあたりにありそうです。