現代表現研究

現代表現研究所のブログです。

2018年11月

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写真資料集目次

写真論や写真批評するときの資料として手元にあるデータを公開していきます。
なにより自分のための参考資料とするものです。
フォト・ワークショップを開催するときの参考資料です。
何処でも見れるようにしておきます。

写真資料001 中川のファイル資料

写真資料002 中川のファイル資料 写真集表紙等

写真資料003 写真集表紙等

写真資料004 BT 名取洋之助 浜谷浩 土門拳 木村伊兵衛 渡辺義雄 workshop

写真資料005 高梨豊 浜谷浩 細江英公

写真資料006 東松照明 川田喜久治 井上青龍

写真資料007 石本泰博 大竹省二 中平卓馬 奈良原一高

写真資料008 渡辺義雄 木村伊兵衛 秋山庄太郎 岩宮武二 細江英公

写真資料009 東松照明 写真批評 写真装置 KEN
 
写真資料010 安井仲治 野島康三 ハナヤ勘兵衛 小石清 針生一郎

写真資料011 森山大道 荒木経惟 内藤正敏 長野重一

写真資料012 土田ヒロミ 細江英公 北井一夫 岩宮武二

写真資料013 入江泰吉 緑川洋一 植田正治 福田勝治

写真資料014 福原信三 山沢栄子 古澤和子

写真資料015 棚橋紫水 達栄作 田中幸太郎 濱岡収

写真資料016 前野隆資 荒井保男 安井仲治と丹平写真倶楽部(1)

写真資料017 安井仲治と丹平写真倶楽部(2)

写真資料018 小石清(初夏神経)

写真資料019 堀野正雄(カメラ・眼×鉄・構成) 丹平写真倶楽部(光)

写真資料020 石本泰博 森山大道 細江英公

写真資料021
 浜口タカシ 江成常夫 栗原達男

写真資料022 英伸三 橋口譲二

写真資料023 北井一夫 大石芳野 沢田教一

写真資料024 岡村昭彦 一ノ瀬泰造

写真資料025 濱屋浩 奈良原一高 須田一政

写真資料026 内藤正敏 土田ヒロミ

写真資料027 荒木経惟 篠山紀信

写真資料028 立木義浩 藤原新也

写真資料029 土田ヒロミ 須田一政 沢渡朔

写真資料030 植田正治 柳沢信 百々俊二   

写真資料031 荒木経惟 HIROMIX 蜷川実花
 
写真資料032 北井一夫 宮下マキ 長島有里枝

写真資料033 畠山直哉

写真資料034 北島敬三

写真資料035 山崎博

写真資料036 後腸茂雄 古谷誠一 百々俊二

写真資料037 港千尋 石内都 高梨豊

写真資料038 森裕貴 松尾弘子

写真資料039 宮本隆司 中川貴司 柳沢信

写真資料040 勇崎哲史 鷲尾倫夫

写真資料041 小野啓 林ナツミ 松本路子

写真資料042 中山岩太 安井仲治

写真資料043 岩宮武二 木村伊兵衛

写真資料044 濱屋浩 土門拳

写真資料045 長野重一 大竹省二

写真資料046 濱岡収 栗原達男

写真資料047 英伸三

写真資料048 島尾伸三 山崎博

写真資料049 梅佳代 澤田知子

写真資料050  畠山直哉 吉岡康弘

写真資料051 山村雅昭 浜口タカシ

写真資料052 本橋成一 長倉洋海

写真資料053
 長島有里枝 梅佳代
 
写真資料054 倉田精二 辰巳卓也

写真資料055 築地仁 都築響一

写真資料056 鈴木理策 住友博 柴田敏雄

写真資料057 瀬戸正人 潮田登久子

写真資料058 森村泰昌

写真資料059 小林のりお 今道子 児玉房子

写真資料060 小本章

写真資料061 WORK SHOP 倉田精二

写真資料062 HIROMIX

写真資料063 蜷川実花

写真資料064 武田花 島尾伸三

写真資料065 野村恵子 米田知子 野口里佳

写真資料066
 百々俊二


☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
フィルム写真の現在-01~03-
nakagawa shigeo 2004.10.14
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フィルム写真の現在-01-

写真フィルムは工業生産品です。
透明板の平面にゼラチンで固めた銀粒子を塗ったものです。
この平面に光があたると銀粒子が化学変化をおこす。
この光が当たった板をアルカリ液で洗うと、光の当ったところが変化します。
光の当り方が少ないと洗い落とされてしまいます。
こうしてフィルム写真のネガが出来上がります。

セルロイド板の変わりにガラスを使うこともできます。
そうするとガラスネガですね。
ガラスの変わりに紙を使うと紙ネガです。

工業製品として大量生産に入って需要を伸ばしてきたフィルム写真。
35ミリフィルムの原形は映画用のフィルムです。
20世紀に入ると映画産業が興ってきます。
そこに使われたフィルムのサイズがそのまま小型カメラに使われました。
フィルム写真は35ミリサイズが主流になります。

そのうちカラー化が起こってきます。
写真用にネガカラーが開発されます。
オレンジのフィルムベースに画像を定着させるネガカラーフィルム。
カラー時代は、いずれも現像装置ごとの開発でした。
大量生産、大量消費のサイクルを創出してきます。

大掛かりな現像装置から簡易現像装置へと替わってきて、
街のミニラボですね、簡易現像装置が置かれています。
ミニラボ競争時代の1980年以後ですね、ゼロ円プリント。
限りなく簡易廉価になってきたフィルム写真でした。

使い捨てカメラ。
簡易カメラ装置にフィルムが装填されていて現場で写すだけです。
ピント合わせも露出決定も不要です、だれでもそこそこ出来上がる。

ところが世の中はデジタル化の時代になってきました。
カメラもデジタル処理カメラが主流になってきています。
もう写真っていえばデジタル処理写真をさすような時代です。

このような現在点において、フィルム写真を捉えてみようとの試みです。
連載形式で見ていきたいと思います。

フィルム写真の現在-02-

フィルムによる写真制作の方法が、デジタル写真にとって代わられる。
ここでは、この際に、フィルムを使う写真が、
どのようになっていくのか、がテーマです。

当然、フィルムを使う写真というのは衰退します。
これはテクノロジーの歴史をみれば明らかなことです。

フィルム映画に代わるビデオ映像があります。
現在はまだ、映画館の装置の関係もあって、
デジタルで制作された映像をフィルムに焼き付けます。

写真では、フィルムで撮っても印画紙にプリントアウトします。
つまりもう、現像液処理をしないプリントが主流になりつつあります。
これは、もう、デジタルカメラによるデジタル処理への過渡的処理です。

こういう近未来のフィルム写真は、
もうある種、工芸品、伝統工芸の世界入りですね。
冗談じゃなくて、そのような概念の仲間入りです。

でもフィルム写真が無くなるわけではありませんよね。
伝統手法による写真制作方法ということですね。

フィルム写真が、その原材料に銀を使う、
これは環境汚染を起こします。
ですから、もう開発されてるんですが、
環境汚染を引き起こさない処理になります。

それから耐久性です。
フィルム写真は銀塩写真ともいいますが、
マニュファクチャー・手作りですから、
技法さえあればハード環境は自前制作できます。
それから千年以上の保存可能性を追求します。

発明以来165年の歴史を持つフィルム写真は、
デジタル写真への転換により古典技法の仲間入りですね。

断続的連載予定のこの論は、伝統工芸的、古典技法の仲間入り、
ということを念頭において進めていきたいと考えています。

フィルム写真の現在-03-

ここでは、フィルム写真と一括して論じておりますが、
その材料についての知識を少し書いておきます。

フィルムとはセルロイド材料を使っていました。
このセルロイド材料を使わないフィルムに代わる材料もあるんです。
セルロイドは支持体、つまり銀粒子を塗っておく物質です。
それから銀粒子を塗る、って書きましたけれど、銀だけでは塗れないです。
銀粒子をゼラチンと混ぜます。
このフィルム、厳密にはモノクロームフィルム(白黒フィルム)のことです。

このフィルムと同様に印画紙ですね。
写真の画像をのせる、というか定着させる紙です。
モノクロ写真(ブラック&ホワイト)の場合は、フィルムと同様です。
ゼラチンに銀粒子に混ぜて紙に塗ります。
このような材料ですので、呼び名は、ゼラチンシルバープリントです。

写真の展覧会なんぞにいきますと、そのように表示してあります。
この材料を使ったのが多いですが、
発明の最初からあったのではないんです。
初期のころは、銀でなくてアスファルトの材料、
それとか鶏卵とかありますね。
セルロイドの代わりには、紙とか、銅版とか、ガラス版を使いましたね。
乾板、湿板、そんなこんなが、いろいろありました。

ここでいわんとしていることは、
工業製品である銀粒子フィルム&印画紙ではなくて、
マニュファクチャー、手作りフィルム&印画紙、そのことなんです。
その、手作りフィルム&印画紙、この方向への回帰ですね。

このように見てきますと、次は手作り」カメラ。
高級一眼レフのフィルムカメラから、手作りへの回帰です。
最近、美術館や写真学校のワークショップで、
ピンホール・カメラで写真をつくる講習会がまま開催されてきています。
こういう風潮ですね、手作りカメラに手作りフィルム&印画紙を使う写真。

1826年にニエプスという人が、光を直接定着させて以来、178年。
2004年の現在位置は、この178年の間に試みられた写真制作の技法・方法が、
過去、近過去という時間軸ではなくて、等価になったことです。
作家がどのような技法を使うかというのは、もう自由です。

いよいよ、そういう時代に入ってきたな~!っていうのがコメントです。


☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
デジタル写真の時代-1~4-
nakagawa shigeo 2004.10
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デジタル写真の時代-1-

最近の写真の話題は、なんといってもデジタルカメラですね。
もうカメラにフィルムを詰めて写して、写真屋さんに現像頼んでプリント仕上げ。
こんな写真の出来上がりまでのプロセスも、今や過去になりつつありますね。

デジタルカメラで写して自宅のパソコンにつないで画像を取り込む。
プリンターで印刷してもいいし、そのままメールで送ってもいいですね。
インナーネット上でアルバムを作ってどんどん保存じていくことも簡単に出来る。

デジタル写真の時代って、写真の出来上がりプロセスの全部、
自分の手で出来るようになっているんです。
それにコストがかからないですね、なんてったって安く出来ます。

かって写真愛好家は、写真を手作りしてました。
白黒フィルムを自前で現像して、印画紙に焼き付けたものです。
モノクロ写真(ゼラチン・シルバープリント)ですね。
カラーフィルムが全盛になってもハイクラス写真愛好家はモノクロ写真でした。

というのもカラー写真では自家処理がしにくいですから、写真屋さんに処理を頼みます。
すると写真にお金が、けっこうかかります。
そんなこともあって、自家処理でモノクロ写真が主流だったんです。

この流れでいけば、デジタル写真は自家処理が原則ですね。
モノクロじゃなくてカラーですね。
印画紙仕上げではなくて、ホームページでの発表ですね。

デジタルカメラの精度がだんだんと上がってきて、
カメラの価格も相応に安くなってきています。
写真を写す、処理する、発表する、という面では、
デジタルが断然有利となってきました。
フィルム写真に替わるデジタル写真です。

それにカメラ産業界では、家電メーカーがデジカメに参入してきて、
かってあったカメラメーカーやフィルムメーカーというのも混戦もようですね。
業界拡大してきましたけれど、感光材料はもう入りませんから、
金額ベースでの総需要は現象しているんじゃないでしょうかね。

デジタル写真を、産業体のひとつとして見ていきますと、
もはや産業体質そのものが、フィルム写真産業の解体と
デジタル写真産業の生成のドラマです。

シリーズ第一回目は、写真のハード環境についての話題でした。

デジタル写真の時代-2-

デジタル写真の方向性として現状をみてみますと、
フィルムで制作した写真の在り方の模倣をしています。
フィルムの替わりにデジタル信号とコンピュータ処理をする。
でも出来上がりの姿は、フィルム制作のようにプリント仕上げをします。

これってどっか変ですね。
なにが変かというとデジタル環境を活用していない。
デジタル環境はネットワーク環境です。
回線を使ってネットワークすることなんてフィルムでは出来ないことです。

ということは、デジタル写真っていうのは、それ固有の使い方がある。
そのように捉えて、デジタル写真の可能性を考えることが必要なんです。
とくに写真のことを教える学校というもの、
その枠をデジタルの方に移行させなければならないんです。

ここに「あい写真学校」を設立しておりますが、
デジタルネットワークを十分にこなしていこうという目論見があります。
メディアアートと言われている領域があります。
メディアアートとは、必ずしも映像を主体としたものではありませんが、
その素材として映像を組み入れることが多くあります。
その映像の原点が写真、静止画なんです。

デジタル写真の可能性をかんがえることは、
このアートの形の原点としての捉え方だと思います。
どちらかというとメディアアートはヴァーチャル領域を使っての体感です。

デジタル写真の可能性は、フィルム写真の代わりをすることではないんです。

デジタル写真の時代-3-

写真という静止画像をつくる道具としてのデジタルカメラ。
このカメラ機能をもった道具に、携帯電話があります。
街角へ出向くと、プリクラがあります。

いずれも若い子らの誰もが体験する領域に写真道具としてあります。
携帯電話の写真メール(写メ)には、プリクラ同様の枠取りが添付できます。
こういったツールを使って、日常生活のもう一環として使いこなします。

写真を撮ることが非日常の空間にあった時代から、
日常の生活空間のなかにどっぷりと入り込んでいるんです。
もう、他者の手を煩わせることなく撮影・即・送信するなんてことができる。
完全に個人間のコミュニケーション・ツールとして存在します。

一方で、ドキュメントやアートとしての写真概念も、
大きく変容しているように思います。
ドキュメントを報道範疇に置けば、ビデオ映像のライブ化です。
この戦闘の戦車部隊に随行した報道カメラマンが、
即、ライブで現場からお茶の間へ映像を送り込んできたじゃないですか。
報道の領域は、ここまできてるんです。

アートとしても、プリクラや写メをつかって作品化する傾向が出てきています。
ネットワーク・アートなんていう方法があみ出されてきて、
ライブ感とヴァーチャル感で、擬似現実の創造から、
非現実世界の創造へと向っています。

コミュニケーションツールとしての写メは、直接にヒトの内部に入り込む。
ヴァーチャル・リアリティそのものを創りあげていきます。
ヒトのエロス・エクスタシー領域で共振するツールとして、
携帯電話の写メは機能していくのではないか、と思っています。

デジタル写真の領域にも、ようやく新しい形が見え隠れし始めているように感じています。

デジタル写真の時代-4-

デジタル写真が主流になるとき、では、フィルム写真は消滅するのか?
それとも、現状のまま需要は少なくなりますが存続するのか?

答えは、当然「存続します」が、存続のしかたなんですね、要はね。

写真っていうのはハード、ソフトともに産業体をつくっていますから、
需要がなくなれば企業は写真商品の関連生産をやめていきます。
過去30年のメディアでいえば、LPレコードからCDへ替わりましたし、
わたしにも写せますマガジンポンの8ミリ映画はビデオに替わりました。
写真をつくるカメラ産業がちょうどいま、この転換期なんですね。

という風にみていくと、写真を作ることは、もともと大量生産品ではなくて、
カメラ・オブスキュラという、手作り器械から出発してますから、
手作り原点があるんですね。
ですから、手作り原点の方へ、今一度、原点を見直して、
そこからの拡大として、いまの時代に引き寄せてきます。
デジタル写真が、工業製品としてのフィルム写真領域をカバーしますから、
フィルム写真は、工業製品ではない方向を模索します。

つまり伝統工芸品の仲間入り、とはいっても歴史は165年です。
たかだか165年の歴史ではありますけれど、です。
絵画→版画→写真という大きな歴史で言えば、
もうラスコの洞窟以来の長~い年月です。

ドキュメントであるとか、アートであるとかの区分を超えて、
フィルム写真のフィルムは別の物質をも使いこなしていきながら、
写真術は現物のマテリアルを残す道具として存続していくでしょうね。

そこで、再びテーマの問題が浮上してきます。
何をもってフィルム写真特有・固有のテーマとするのか、これですね。
この問題は、デジタル写真においては、
デジタル固有の可能性を模索するように、
フィルム写真においても、フィルム独自の可能性を、
模索していかなければならない問題なんです。


☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
写真の現在的視点 01~03
nakagawa shigeo 2004.7.15
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写真の現在的視点-01-

プリクラ、写メール大盛隆の昨今です。
写真の面白さはなんてったって「もの」が写ることですね。
自分と友達なんかを写して自己保存しておくってことですね。

なんてったって実写イメージなんだから、分かりやすいでしょ。
その存在理由が目に見えるもので残るんですからね。
記念写真っていいますけれど、この記念にあたる日が、
日常の日々の時間のなかのそれぞれを記念にする、
こういう事態がいまの写真をめぐる現在なんですね。

このことを否定したらあかんのですよ、写真作家さん。
これ現実でこの手法を使いこなしているのが現在の写真作家です。
つまりあなた、プリクラ、写メールの写真そのものが作品なんです。

このように考えを置いていくと、いま、自称作家しているカメラマンさん、
自分はちょっとそんなんと違う!と思っていて、
花鳥風月撮って絵葉書にも及ばない技術を駆使して悩んでいるカメラマンさん、
現在の写真ってこんなもんよな~って思うことはじめませんか?

ちょっと言い過ぎてるかな~
わたしが言いたいのは写真表現の方法が、
デジタル時代大きく変わりますよ、そう言いたいわけです。

そうするとプリクラ、写メールっていうのはデジタルだからこそ出来る手法。
フィルムではできにくいですね、こ~いうことは出来にくいです。

デジタル写真はいま表現の可能性を模索しはじめています。
芸術がどうとか記録がこうとかの議論じゃなくて、表現の枠組みを作ろうとしている。
そういう時期だから、できることの可能性を見つけ出せ~っていう現在なんだと思っています。

写真の現在的視点-02-

デジカメ、プリクラ、写メールの時代真っ只中にある
写真の現在についての私観。
わたしも昨年秋にデジタルカメラを購入して写真を撮り出しました。
撮る現場はわたしの生活周辺に限っています。

まず食べることが生活の優先順位ではトップですから食べ物の写真です。
自分で酵母を培養させてパンを作っているからパンの写真
少しだけですが野菜を作っているからはたけの写真
山へ山菜とりにいきますから山菜の写真
花が好きだから花の写真

いま生活まるごと写真に撮っておいてあげようとしています。

それからですね、デジカメで撮っていますから
その写真を人に見せてあげるのにホームページに載せています。
カメラメーカーがWEB上でアルバムを作ってくれていますからそこにも載せてます。

このようにしてわたし自身の写真とのかかわりは日常生活のなかにあります。

わたしという存在があります。

この「わたし」っていったい何?っていうことの解明が現在的な課題だと思っています。

哲学がいつもテーマとしてきた人間存在を解き明かすという課題
科学がいつもテーマとしてきた人間の幸福達成という課題
宗教がいつもテーマとしてきた人間救済という課題
芸術がいつもテーマとしてきた人間の苦悩と欲望の解消という課題

わたしをめぐるいくつもの系の歴史的課題の現在形として
これからは「わたし」という存在自体が「わたし」にとってテーマとなる時だと思います。

大きな物語としての国際政治や経済のなかにテーマを求めることから
小さな物語としての「わたし」の生活維持とこころの解明を求めることへ
写真の現在というのもこの位相へのターニングポイントにある

このような場所に基点をおいて、
さて、そこから現代文明・文化にどのようにアプローチするのか
いま求められている写真の視点っていうのはこれなんでしょうね。

写真の現在的視点-03-

プリクラ、写メール時代の写真っていうのは
「こころとこころ」の交流する媒介物なのかな~。

自分の気持を相手に伝える、
相手の気持が自分に伝わる・・・。
どうも写真の位置っていうのはこの循環する自己と他者との
インタフェースの役割ですね。

写真がプライベートな視点で撮られて相手に見せる。
恋人同士の意思の確認しあいっこみたいな感覚で写真が撮られて提示される。

小さなちいさな、でも私にとっては、大きなおおきな出来事としての「私とあなた」、
その存在理由として写真が交流していきます。

もう宗教や家族共同体から解き放たれてしまった現在人が拠り所とする写真。
絵画であっても手紙であってもいいんですが、ここでは写真です。

相手に自分の存在を伝えるということは、
自分の存在を自己確認することです。
私とあなたという、
二人称のなかで写真が作用しているのが現在ですね。
このように写真の軸を置いています。

すると、そこから見えてくる内側っていうと、
こころを創りだしている生命現象というのが出てきます。
生命現象というものに軸を置くと、
自然とか地球環境とか宇宙生成とかのイメージが出てきます。
そこに「私」という個人を置くことで、
欲求とか欲望とか、生命の根源のものに触れてきます。

わたしはここで、イメージで言葉をつむぎ出していますので、
この連鎖に関連を見出しにくい人もいるかと思います。
つまり、わたしのイメージ連鎖が伝達できない、
こういった場所が、わたしたちが今いる場所なんです。
現在というのは、こういう世界に私たちがいることなんです。

かっての宗教共同体や家族共同体ではない、
しかし共同体の一員として括られてしまう現在。
この現在に写真が有効にはたらき始めている。
私とあなたのこころの交換として・・・です。

プリクラ、写メールという手段は、
まさにあらたな共同体を作りつつあるのではないですか?
自分の場所を探しはじめた喪失者が、
写真によって場所を確保し始めた~~
このようなイメージで、写真の現在的視点をつくっていこうかな~と考えています。


☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
現代写真表現論テキスト
Nakagawa Shigeo 2008.9.26 2010.3.14
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現代写真表現論テキスト
テーマ 東松・荒木・プロヴォーグの作家にみるドキュメントの形
キーワードは -生命・自然・欲望-

★現在という時代の写真環境

・いま、現在20089月の写真をめぐるハード環境を外観すると、一眼レフ・フィルムカメラの時代が過ぎて、デジタルカメラとトイカメラが制作ツールとして、前面に出てきている感があります。
・デジタルカメラは、携帯電話のカメラ機能であり、アクセサリーとしてのコンパクトデジタルカメラであり、フィルムを使って、ちょっと作家気分が味わえるトイカメラ類があります。
1968年には、東松照明氏が、日録写真を発表(カメラ毎日3月号)していますが、フォトグラフィーにかわるホモグラフィーを提唱していたりします。

★現代写真とは、いつからを始まりとするか。

・ここでは1968年を、現代写真の区切りの初めとしたい。
1968年前後とはどんな時代だったのか、特に写真をめぐる表現方法の問題として捉えてみたい。
・現在的な意味では、1968年から40年という歳月が経過したなかで、当時の主テーマだった「人間の解放」といったような命題が、いまどうなっているのか、との問い直すことだと思っています。
・この40年間になにがあったのか。現時点での話題の背景は、1968年を中心として現れてきた諸現象の将来的可能性に対して、現実に経過した年月があるわけですが、この現実に経過した年月をどのように捉えるのかが問題となります。つまり、肯定するのか、否定するのか。
・そこで、現代潮流としての社会的テーマを言い当てるとすれば、生命、自然、欲望というキーワードに、集約されるのではないかと考えています。
・この三つのキーワードを軸にして、現代写真の表現手法について考えてみたいと思います。

★日本の写真の特徴と東松照明

・日本の写真の特徴といえば、絵画や文学の特徴でもある花鳥風月の世界に対して、1950年代のリアリズム(社会の表層をなでていく手法でしか深化しなかった)、1960年代後半の前期コンポラ写真(PROVOKEを中心とする)と、後期コンポラ写真(牛腸茂雄に代表される)というおおきな流れとして観察されますが、東松照明氏は一貫して、社会ドキュメントの方法とあり方にこだわってきました。

★東松照明氏の年史(1966年から2007年)を書き出してみます。

1966年 「<1102分>NAGASAKI」出版。
     みずから出版社を作り出して単行本出版を試みる。
1973年 カメラ毎日誌に「太陽の鉛筆・沖縄」を連載する。
1975年 「太陽の鉛筆」カメラ毎日から出版する。
1974年~ 写真学校/ワークショップと「桜」取材を経て
1981年 京都取材に入る。
1986年 心臓バイパス手術を受ける。その後写真撮影再開でインタフェースの世界へはい     る。
1989年 「プラスチックス」を発表(パルコ・ギャラリー)
1990年 「さくら・桜・サクラ」ロッテルダム&大阪で個展
1994年     「桜・京―原像ニッポン国」コニカプラザで個展
       京都取材から10年目にして個展開催

1999年 長崎へ移住する。
2003年~2004年 京都国立近代美術館において6回シリーズの個展を開催
2005年 「Camp カラフルな!あまりにもカラフルな!!」ギャラリー新居で個展
2007年 「Tokyo 曼荼羅」東京都写真美術館にて開催

★荒木経惟のメール・フォト&写真集「センチメンタルな旅」

・荒木経惟氏は、1970年前後、メール・フォトを展開します。写真をゼロックス・コピーし黒のラシャ紙を表紙として赤糸でとじられた写真集を郵便で送ります。ここで荒木氏は、<写真に関するメッセージ伝達の可能性>を追求していたとされています。
1971年には写真集「センチメンタルな旅」を、限定千部定価千円で自家出版します。
・妻陽子さんとの新婚旅行を、日常的な眼で追うフォト・ダイアリーと云った気軽さがそこにはあります。東京を発ち、京都から柳川への新婚旅行です。
・荒木経惟氏の写真記録は、個人の新婚旅行というテーマで、それまで写真として見慣れていた、写真の社会的光景を上回る衝撃を内含していました。
・私的な関係への私的なまなざしとでも云えばいいかと思います。

★「PROVOKE」は、196811月に季刊同人雑誌として創刊された。
・創刊時の同人は、中平卓馬、高梨豊、多木浩二、岡田隆彦の4人。第2号から森山大道氏が加わります。
・「PROVOKE」(プロヴォーグ)とは、「挑発」という意味です。サブタイトルに「思想のための挑発的資料」と付けられていました。
・「PROVOKE」は、19698月に第3号を出して終わり、19703月写真・エッセイ集「まず、たしからしさの世界をすてろ」を発刊し、同人は解散します。
・「PROVOKE」同人たちの写真集
・森山大道「にっぽん劇場写真帖」1968年 「写真よさようなら」1972
・中平卓馬「来たるべき言葉のために」1970
・高梨 豊「都市へ」1974

★ 19749月、写真学校「WORKSHOP」が開校します。
 
・東松照明、細江英公、横須賀功光、森山大道、荒木経惟、深瀬昌久が講師となった個人塾の連合のような学校でした。季刊誌「WORKSHOP」を発行し、写真家志望の若者に新風をもたらしました。

★当時の流行にコンポラ写真というのがあります。

・コンポラとは、1966年にアメリカで開催された写真展「Contemporary Photographers Toward A Social Landscape」(現在の写真家、社会的風景に向かって)から始まる一連の写真家の作品をさしています。
・日本においても日常のさりげない事象(事件もストーリーもない)を切り取る横位置の構図、対象との醒めた距離などを感じさせる写真が出現してきます。午腸茂雄氏の「日々」(1971年)などがそれである。
・当時も現在もテーマとなる、<自己と他者>という関係の網の目を、カメラと写真というメディアをとおして、検証していく作業をおこなうわけですが、その一つのスタイルとして、選択されてきたといえます。のち1977年出版の午腸茂雄「セルフ&アザーズ」はコンポラ写真の代表的作品であるといわれています。

●写真史のキーワード
・「報道写真」的な写真の社会機能と「モダンフォト」的な写真作品機能の否定
・「アレ、ブレ、ボケ」といわれる制作方法とその作品群
・言語と意味によって固定される以前の未分化の世界の断片としての写真
・写真による新しいイメージの創出
1966年の「コンポラ」展の影響  etc

1950年代以降の現代写真の年代記

・名取洋之助主宰「日本工房」と岩波写真文庫
・カメラ雑誌の復刊・創刊
1950年代
・土門拳、木村伊兵衛のリアリズム写真運動(1952年)
・本庄光郎らの主観主義写真(1956年)
・東松、奈良原、川田らによるVIVOの結成(1959年)

1960年代
・コンポラ写真の始まり(1966年)
・中平、高梨、多木、岡田によるPROVOKEの発刊(1968年)

1970年代
・多極化の時代、ニュードキュメント
・東松、森山、荒木らによる写真学校ワークショップ(1974年)

1980年代
・マニピュレイト(操作)な写真の展開
・写真専門ギャラリーのオープン

1990年代
・新しい風景の発見(旅する視点)
・写真美術館のオープン

2000年以降
・新しい写真の潮流 プライベートフォト、女の子フォト
1945年以降の年代を分けるとすれば・・・
第一世代 土門拳 木村伊兵衛
第二世代 東松照明、細江英公、奈良原一高、川田喜久治 等
第三世代 中平卓馬、森山大道、荒木経惟、高梨豊、土田ヒロミ、須田一政 等
第四世代 北島敬三、石内都、畠山直哉、小林のりお 他多数
第五世代 ・・・・・多くの女の子たち・・・??

☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
写真表現とは?
nakagawa shigeo 2004
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フォトコンプレックス第一回写真展 2009.5.17

写真表現とは?その1

写真表現とはどのようなことを指して写真表現というのでしょうか?
読んで字のごとく、写真で表現することやないのですか?

そりゃそういうことなんですが、「何を」ということが必要でしょ?
じゃ~何を表現するんですか?
ムムッ、なんとなんと、何をって、そりゃ自分のこころじゃないですか?

じゃ~訊きますけど、こころってナンなんですか?
こころって人間の内側にある、ほれキミにもあるでしょ、そのこころだよ!
・・・・・・・・

そうですね、いま写真の表現の中味を問われたら「自分の心」
つまり自分の気持を相手に伝える手段として、写真というものを使うんですよ。
ひとまず、このように記しておこうと思います。

写真の公的な役割としては記録ですね。
文書と写真(映像)が記録として保存されていきます。
この用途は19世紀半ばのパリでのオスマン計画の記録や
20世紀前半の恐慌時の米国・農業安定局(FSA)の写真記録があります。

でもね、写真は個人の営みのなかから出てくるものです。
近代的個人というのは自分を社会的存在として自覚しますから、
写真は写真家と社会との接点なんです。

写真家と社会とのかかわりを写真家の側からとらえていくと、
そこには個人の考え方や捉え方が出てきます。
また、その時々の社会の中心的モラルに密接しているんです。

この中心的モラルに対して自分の位置を確認していく作業として
写真家は写真を使うことになります。
ここに表現という場所があるんです。
中心となるモラルに対してどういう位置を担保するのか、ですね。

写真家と社会の向き合い方が時代と共に変わってきます。
個人と社会との関係の形がそこには見て取れます。
そのような位置関係から言うと、現在は非常に個的(プライベート)になってきています。

カメラの普及だけでは捉えられない問題がここにあります。
ひとまず写真表現とは、自分の気持を表すことだ、といっておきます。

 写真表現とは?その2

写真表現とは自分の気持を表すことです、と規定しました。
そうするとこの「気持」ということが何を指すかですね。

わたしは情動、情を動かされるものに注目しています。
この情動のところが感情を形成し気持をつくりだすとしたら、
もう論理の世界では計り知れないです。
このようにして考えてくると、
写真表現とは、自分の情動をとらえることが必要だということになります。

むかし洞窟の壁面に絵を描いた痕跡を、見ることができます。
ここでの注目は、その絵を描いたヒトの衝動というか情動というか、
その行為をつき動かせていた心の営みそのものなんです。

例えば高松塚古墳やキトラ古墳には、
死者への守りという描く目的があったと考えますが、
その制作者の意識の奥の深いところにあった情動に注目するんです。

いま写真家はカメラをもって絵を描く人です。
写真は死者への贈り物ではなくて生者への贈り物です。
それは何よりも私の気持を贈りだすものです。

たしかに一枚の写真には論理世界の認識が込められています。
戦争はいけません、の立場から、その「いけません」の態度表明として、
写真をその文脈に整理して他者に贈りだすものです。
なおその背後には、被写体が置かれている歴史的意味をも贈りだします。

ロラン・バルトは、教養文化のなかでの理解のされ方に着目をしていますが、
<私を突き刺すもの>としてとらえる捉え方を提起しています。
バルトの、この立場は写真を見る側の立場として述べられていますが、
わたしは写真を撮るということへの、被写体を選ぶ目安となるものだと思っています。

現代の写真が、教養文化のなかで理解されることを前提としたうえで、
そこに、私を突き刺してくるもの、をメッセージとして込めるものだとしたら、
はたして教養文化の文脈をどのように扱うのかが、
写真家に意識されなければならないことだと思います。

でも、未来を志向する写真の役割が、
必ずしもそういう完璧さに裏打ちされなければならない、
という前提にはならないような気もします。

インテリジェンスに裏打ちされない立場で、
カメラを情動発露の道具として使っていくというのもあるのかな?
そこから生み出される写真が未来志向の写真なのかも知れないな~
このように思うことにも、最近は強度が増してきています。

写真表現とは?その3

写真を撮ることって非常に個人的な作業なんですね。
写真を撮っていくことで表現するというのは個人的なんです。

映画やTVで制作する集団作業とは少しちがいますね。
会社勤め(パートタイマー、フリーター含め)の集団作業でもないですね。
そういうことからいうと、写真を作る作業は、プライベート作業です。

いま個人が、自分の居場所がわからなくなる、という訴えを聞きます。
自己と他者との関係が掴めないという自覚です。
自己と他者との境界面をインタフェースという言い方しますが、
写真を撮り他者に見せることがこのインタフェースの役割をはたしている。

自分を見つめる、抽象的な言い方になりますが、自己を観察する行為。
この観察する手段としてカメラの目があるように思います。
自分という存在がいったい何者なのか?というような問いかけですね。

このような問いかけは、今はじまったわけではなくて、昔からありますよね。
西欧哲学の源流から近代哲学まで・・・
東洋思想の源流から近代思想まで・・・

写真表現もこの文脈上に置かれていると思っています。

これまで、この系のなかにおいて「写真表現」というのもカテゴリー化されてきました。
現在は、デジタル写真が隆盛をきわめてフィルム写真にとって換わる時代です。
としても、これは書式形式の変換の部分ですね。
人と社会構造の表層部分ですね。

写真表現は言語表現ではないからといって、
写真表現だけが固有に在るとはいえないです。
哲学や政治学の潮流と接触しながら、
まだ現在は、言語によって基本理解認識をする人間の時代です。

でも、内面と外面のインタフェースとして、
こころのなか、情動の源泉を表出していくことって、言葉では届かないですね。

この言葉ではできない感情レベルでのイメージ交換が写真です。
そこの場にこそ、プライベート・ツールである写真の現在的意味が垣間見えるように思います。



☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
写真と宇宙(1)(2)
nakagawa shigeo 2004
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写真と宇宙(1)

なぜ写真学校のはなしに宇宙なのか、というとですね。

写真を勉強するというきっかけによって、
参加する一人ひとりの時間と空間が変化して
新たに一つの場所が出来るわけですね。

写真ワークショップ京都という学校は、狭い限定空間としての教室(対面講義)です。
通信制のあい写真学校は、ネットワーク空間としての教室(通信講義)になります。
そういうふたつの学校形態を想定するなかで出てきたのが<宇宙>です(笑)

写真という場が拡がって最大限拡げてみたらどのへんまで拡がるのかな~
そうしたら<宇宙>というイメージにまで拡がってしまった、というのです。

写真という装置をつくる基本はカメラという箱です。
このカメラという箱は物理科学の領域で組み立てられています。
ですから宇宙を物理の領域で捉えて、写真と宇宙をドッキングさせます。

岩波新書に「ハッブル望遠鏡が見た宇宙」という本があります。
そこに「ハッブルの最深宇宙像」という写真があります。

その写真の一点を矢しるして写真説明に
「宇宙誕生から6億年」のときの銀河ではないか、とあります。

つまり宇宙誕生から140億年」といいますから、
今から134億年前の光が捉えられた写真!!です。

たぶん人類が見た一番遠いところです。
それもコンピューターの合成写真とはいえ可視光線なんですよ。
コンピュータグラフィックではないんです。

この視点から写真を見ると、
写真は発明のときから、
遠くのものを近くへ引き寄せる道具として使われてきたんです。
そして現在といっても10年ほど前(1994年)に、
「最深宇宙像」にまで行き着いた遠さなんですね。

今日は写真の行き着いたマクロな世界を見てみました。
次回は人体の内部に入った写真、ミクロな世界をみようかな~です。

写真と宇宙(2)人体

宇宙がマクロの世界だとすると、人体というのはミクロの世界です。

電子顕微鏡で遺伝子を撮影する、
電磁波で子宮内部の赤ちゃんの生成を撮影する。
そういう微粒の世界や透視で内部をみることの出来る装置と技術が確立されてきています。

人体内部の物質が写真に撮られている、ミクロな世界を拡大して写真にする。
そこから生み出される画像を「静止画」といっていますが、写真ですね?

写真の定義で、なにをもって写真とするのか、ということを話題にしましたけれど、
大宇宙も人体内部も、現実に物質として存在する「もの」を撮っています。

写真装置は、カメラ(暗箱)とフィルムのセットから、
今は、光のデジタル信号変換とコンピューターのセットになってきています。
写真の拡大の現在の状況ですね。

これらの写真は写真装置も含め、近代科学の進歩の成果です。

写真というものが、遠くのものを近くへ引き寄せる道具の役割を担ってきた、
という社会における写真の役割論があります。

写真発明以後の時代には、
探検写真家がカメラを携えて旅行に出かけて写真を撮りました。
写真家は旅先で見た光景を写真に収めてパリに持ち帰ってきて、
写真をみた市民たちが好奇心をかき立てられるということが起こりました。

一般には、現在においても、このような写真の使われ方が主流であるかのようです。
宇宙や人体内部にまで入り込んだ写真。
まだ見ぬ世界を見たいという好奇心を満たしてくれる写真の存在なんです。

写真は記録であると同時に学術的価値を提供するものでもあったわけです。
宇宙開発の現場で、医学の現場で、農業の現場で、社会の隅々で、
近代科学の枠組みで、研究開発の只中で写真が貢献することは多大です。

でも写真、写真表現っていうときには、ちょっと違った意味をもってきますね。

ここでは様々な切り口で試論の入り口をつくってきています。
写真というものが持っている用途があまりにも多様化しているから、
その多様性のそれぞれを分類していく作業でもあると思っています。

☆☆写真講義☆☆ 応用理論編
写真と文化-そして芸術ということ-
nakagawa shigeo 2004
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写真と文化-そして芸術ということ-

大きなタイトルをつけていますが内容は小さなお話です。

写真は光が描いてくれる絵です。
写真がなかった時代というのは絵を描いていました。
その絵の歴史をひもとくと、わが国では飛鳥時代の古墳の壁画や玉虫厨子に描かれた絵を思い出します。西欧では洞窟壁画(ラスコーの洞窟が有名です)があります。
人の意識が確立してくる過程で人の行為として絵を描くことがでてきます。
その原形からさまざまに発展継承してきて、
現在の先端では写真、映像がそれに対置できる代物ですね。

そのイメージ(描かれた像)にはメッセージがこめられています。
その時代その時代の或る意味で神話的な物語がこめられる。
この作用っていうのは文化の力です

このようにして考えてくると、現在の写真のテーマは何か?っていうのが、
あんがい導き出しやすいかもしれませんね。
いやはやここで、物語についての是非を論じ出すときりがないですから、
ここではいったん物語性の是非ということはオミットしておいて(笑)

写真の内容がこの時代の物語に由来する。
この物語が、中心的なものであるか周縁的なものであるかですね。
と、言い出すと中心的とか周縁的というのは写真以前の領域作業ですね。
わかりますよね、この話って?

写真とはカメラを使って作り出す「存在物を定着させた平面」(と定義しときます)です。
その-撮られた存在物-を認知していくのは文化の力です。
そこで、この存在物の背後の意味をつむぎ出そうとするのが作家さんの仕事です。
という論法になってきますね。

このことってけっこう難しいと思いますよ。
でもね、絵巻物ってあるでしょ、北野天神縁起とか源氏物語絵巻とか、とか・・です。
曼荼羅っていうのもありますよね。
それらイメージでしょ、描かれたイメージなんです。

絵巻は風説や物語を絵に置き換えていく作業ですよね。
曼荼羅ってのはこころのイメージ化の作業でしたよね。
なにか、写真を撮ってるひとにはこの形式がヒントになりそうですよ。

こうしてここでいろいろと話題を提供していますが、
これでもやっぱりまだなんです。
気づいておられますか?
写真の内容、中味についての話です。
これがまだ出てきていないんですね(笑)

ここで作家さんの登場となるわけです。
評論っていうのはけっきょく言葉をつむぎ出して作家さんを触発する。
そんな役割ですね。

この毎日の記事も、行ったり来たり、ぐるぐる回っていま外堀を掘っています。
まるでフーガやロンドみたいな形式ですね(笑)
でも少しずつ輪郭が作られてきているようにも思っています。
引き続き、文字ばっかりの写真のサイトですが、
これからも続けていきます。

アートとはなにかということ-その1-

ぼくはこの10数年間をアートと呼ばれている領域で仕事をしてきました。
1992年10月に写真図書館を設立参加し館長を5年間務めてきました。
1994年4月から2年間は写真の専門学校におりましたし、
1996年から2002年7月まではIMIという芸術系大学院レベルの講座を擁する
研究所の創立メンバーに加わり6年間事務局長として運営してきました。

その経験のなかで培った知識とぼくのいま考えることの内容が大きく乖離してるように思っているんです。

アートとはなにか?アーティストとはどのような人種であるべきなのか?など、このようなことを考えていて、ここでは、ぼくの「アート」観を語っていきたいと思っています。

経済体制に組み込まれて第二貨幣的役割を果たす作品を作り出すひとが、アーチストだという判断基準があるとすれば、まづこの仕組みの是非を考えていきたいと思います。
サーキットレースにも例えられるアート界というものを今一度吟味しながら、これからの生活スタイルの編み出していくためのアートを探し出していくのが、このコーナーの仕事かな~と思っております。

人間が生きてる地球の規模で政治・経済・文化というものをとらえると、これは一体のものとしてあることに気づきます。
文化領域には大きく消費者市場としての経済文化、心の救済を求める宗教文化、欲望の発露としての芸術文化があります。

この3つの文化圏が別々にあるのではなくて、経済文化を中心としてその両サイドに宗教文化と芸術文化があるイメージです。3つの文化圏は一体のものなのです。つまり経済システムに組み込まれた芸術と宗教という見方ができます。

人間の充実感、幸福感という視点からみて、いまある経済システムでよいと思うなら、何等思い悩むことが無いわけです。
でも実感をいいあてるとすれば、そんなんみんな思い悩んでるよ~ということでしょ?
たしかに経済的安定を優先させていくこと(年金問題)で、こころの安定が求められるのかもしれないですね。

でも、ぼくはこの図式は間違っていると思っています。
たしかに経済的安定というのは基本原理のように見えますが、これは国家国民という基本形態を基礎においた発想ではないでしょうか?
国家国民経済の根本を安定させることで、個々の人間がこころの領域まで豊かな幸福感に満たされるとは、どうしても思えないのです。

 アートとはなにかということ-その2-

人間の生の営みのなかでアートということを考えてみます。
生命を維持していくなかで、食べること、寝ること、セクスすること、これが基本だと思います。その上に、衣装をまとうことや、美味しく食べたい、人に認めてもらいたい、というような欲求があります。

マズロー(1908年NY生まれ)は、欲求段階説を書き表していますが、その根底(第一段階)では、生理的欲求をあげています。生存、安楽の欲求です。衣食住の生理的、肉体的な欲求です。そのことが充足されることで安全、安定を求める欲求があるといいます。そのことまでも充足されると、社会的親和の欲求がある、集団帰属欲求です。

この段階説からいうと、アートする欲求は衣食住が満たされ生きることの安全、安心が確保された上で生じてくるように感じます。

集団に帰属したい、集団の中で一体感を持ちたい、仲間から受け入れられたい、愛情ある人間関係でありたい・・・・こういう意識が芽生えはじめるなかから、アートといえる意識が発生してきたんだと思います。
ぼくは、コミュニケーションツールとしての表現のなかにアートの原形をみることができると思っています。

アートすることとは、コミュニケーションすることです。人に自分の感じる何かを伝えたい、この
欲求を形にしていくもの、これだと思います。自分の欲求の痕跡を残すものとして、岩や石に、身体に、刻んだ痕跡です。そこから様々なアートするための道具がつくられてきます。この道具はアートするツールです。大事なのは、そのことを欲求の内に抱いたこと、そのことなんです。

だから一応の線引きとして、生きるための食料を求める行為そのものの中では、アートする行為は認めない、という線を引いてみます。これは共同体総体としてのレベルのことです。

そう考えると、たとえば、地域共同体が収穫祭をとりおこなうこと。収穫祭の形式が出来てくる過程で、その祭りという儀式そのものがアートすることを孕むんです。親密な関係のなかで営まれるコミュニケーションです。ここで安心、安定した集団帰属への充足がみてとれます。

ここでは、原理的な話をしています。アートとはなにか、というその根底を支える心のあり方に論及したいのです。

ぼくが、農産物を作り出す作業とアートする作業とを同列に置くゆえんは、ここにあります。
現代社会では、社会総体として生存を脅かされている段階ではありません。ただ配分の問題がありますが、うまく工夫をすれば生存できるだけの食料はあると考えています。そこにはもちろん人間の労働がなければならないわけですが、食料は充足しているとみていい
と思います。

でも、個別に見ていけば、貧富の差があるし、食うに困る立場に追いやられることもあります。この格差は、別に是正していくことを考え行動していかなければいけないんですが・・・。そのためにも食料を生産するスキルを身につける必要があると思っています。
また、いまの社会にあっては、都会に住まう人にとって、食料生産は贅沢生活のようにも感じてしまいますが、生きることの基本として捉えるんです。また、このことは、心の充足、幸福感を得るという道筋にもつながっているように考えていま
す。

アートの原形が生活の安定、安心から生じるんです。そのうえでコミュニケーションツールとし
てアートを生み出すんです。その基本形を自分の領域で作っていかなければいけないんです。社会生活不安からアートが生み出されるのではありません。社会での安定生活のうえに喜びの対象としてアートすることは眺められるべきなんです。

自分の作品が世に認められること、確かに集団帰属へのコミュニケーション手段です。
F1レースに出場するレーサーがトレーニングを重ねる、オリンピックでメダルを獲得するためにがんばる!この図式でアート作品を生み出して名声を得る!でもこのことだけがアートする心の道筋じゃないんです。基本形はこういうことです。

ぼくは、アートすることの意味を、問い直す作業をしているんだと思っています。
これは、生きることの意味を、見つめなおす道筋に起こってきたことなんです。
人が生きることのなかに充実感と幸福感を見いだせるかどうか、との設問なんです。
個人の生活の総体のなかで、どのようにしてこれを実現していくのか、との設問なんです。

アートとはなにかということ-その3-

今回は、この世の中での、アートという領域を考えてみまたいと思います。
この世の中といったとき、この大きさは過去の歴史の全てを経てきて、今ある人間世界のことです。
私たちはこの人間世界のことを、いくつかのカテゴリーに分けて整理をしています。
概念上、その中心に政治・経済の領域をおいて、その周辺にアート(芸術)領域と宗教領域をおきます。ほんとうは単純に分類できることではないのですが、
このように単純化してみてみます。するとアートと宗教という領域が明確になるかと思います。中心が政治・経済の領域です。アートと宗教は、その外側にあるのではなくて、政治・経済の領域に取り込まれるようにして、内在しています。
内在していますけれども、アートや宗教は政治・経済とは質の違うものなんだと考えます。
政治・経済というのはシステムです。構造化された人間の関係です。身体をもった人間の集団が国家を形成し、これがひとつの単位になって、国内政治・経済が国際政治・経済と契約により関係を持つ。これが近代社会のありようです。
この関係の根本原理を構成するものとして、貨幣というものが介在します。
人間集団である国家、その国家を構成する人間が国民、その人間と人間をつなぐ貨幣というもの。この国家、国民、貨幣、という三要素でもって、政治・経済の領域とします。

世に言うアートというのは、貨幣経済に組み込まれてしまったアート領域の部分を言っています。単純に言ったら、商品価値としてのアートです。そしてアートはスキルと感性だといいます。それを特別な枠に縛っていって、商品価値というものを作り出します。

ところでこのスキルと感性というものです。スキルは技です、技術です、これは形式化できます。すると「感性」というのが、何を指すか、ということです。感性とは、感じること、とでもしておきましょう。この、感じることの感じ方の中味です。この感じ方っていうのも、歴史的に培われてきたものだ、との考え方を認めます。
この感じることは「こころ」です。

人間社会のこの世の中の関係が、国家、国民、貨幣、そこにヒトのこころを含める。でもこれで全てではないことは、直感としてもわかります。つまりヒト個人のこころの部分の中味です。この「こころ」に、どうもその領域に収まらない部分があるようなんです。「こころ」といっても独立してあるわけではないですね。
これは歴史的に作られてきたというのが大筋の見方です。
でもボクは、この「こころ」の領域に、
そこからもはみ出してしまう部分があるように考えています。
アートというのは、このはみ出してしまう部分のこと、という仮説をここで立てておきます。 

アートとはなにかということ-その4-

アートの枠組みをどのように捉えるのか、というのがここでの主題です。
前回では、アートは経済システムに内在していますが、
ヒトのこころのはみ出し部分である、と仮説を立てました。

ヒトのこころのなかにある欲望といえばいいのでしょうか?
なにかやりたい!っていう行動するエネルギーがありますが、
このエネルギーとしての情動が根底にあるように思います。
このエネルギーは生きる力です。
生きる力は生産する力を生み出します。
その根本は、食物生産と子孫生産、つまり、食べることとセクスです。
この二つの欲望をからだが求めるのです。

この欲望を実現するために、知恵が働き、想像力が育まれます。
この想像力というもの、こころの働きです。
だから、アートというのは、欲望実現のこころが成せるものだと考えています。
アートとは、基本的にこのような性質をもつものですから、
ヒトの生涯における成熟過程で、だれもが持っている資質だと思うわけです。

でも、このような欲望があったとしても、この欲望をなにかの形にしなくては、
アートとしての形になりませんね、つまり表現の形です。
からだという道具を使う表現に、身振り手振りのパフォーマンス、声楽(歌)。
これは時間のなかに生成し時間のなかに消滅します。
からだの外に道具を求め、この道具を使ってなにかを作る。
この場合は、時間のなかに生成して、時間を超えて残ります。

このふたつ、時間のなかに生成し消滅するものと、消滅しないもの。
これが原形です。
太古の時代を想像してみます。
何かへの儀式でパフォーマンスをおこなう、踊りです。
それと洞窟などに描かれる痕跡、絵です。
いまだから「アート」という言葉を使っていますが、まだそんな言葉がなかったころです。
アートという言葉はなかったとしても、ヒトの欲望を満たす行為はあった。

その行為は、ヒトの進化とともに原形を保持しながら、
さまざまな工夫と技術が付加されて進化してきます。
パフォーマンスにおける化粧や衣装。
音を出す楽器。
絵を描く絵の具類。
さらにその欲望をとどめておく支持体、つまり紙とか舞台とか・・・

こうして外形は変化してきますが、その根底のヒトのこころの欲望は、
大きくは変わっていないと考えています。
ただ、新しい道具が開発されてきますし、世の中の仕組みが複雑になってきますから、
それに伴って、こころの欲望を紡ぎだす手段や方法や道具が多様化します。

現代、直近の例だと、デジタル技術の開発により、
この技術を応用して欲望を満たす手法が発生してきました。
としても、これは道具が変容しているだけで、根底は連続しています。

ヒトだれもが持っている欲望の発露の形としてのアート。
この欲望の発露に対して、経済システムが組み合わされることで、
アートの表層概念が作られてくるわけです。
つまり、アートの価値が経済価値の中に組み込まれ、イコールとなるんです。

ここで重要なポイントは、既存の経済価値から逸脱することを志向するとき、
アートの価値というものを、経済価値から切り離してしまうことだと、考えることです。

アートとはなにかということ-その5-

いったいアートとはなんなのでしょうね。
このような問いかけをしながら論を進めてきていますが、
前回には、欲望と経済価値という枠を導きだしました。
そのポイントとして「経済価値からの逸脱を志向する」という仮説を立てました。

ヒトが生存するのは人間社会です。
現在の人間社会には、その基本に「生産と消費」があります。
この生産と消費を循環させることでヒトは生存していきます。
生産のための道具があり生産設備があり、流通システムがあり、消費します。
この循環のなかにヒトは生命を維持していくのですが、
この枠内に収まりきらないのがヒトの心です。

自分のなかに、見えない混沌としてかたちのないものが、湧き立ってくるときがあります。
生産と消費の世界から、あるとき見えない世界が湧き立ってきたとき、
ヒトはうろたえの気分をもって、不可視で不思議な世界があることを知ります。
でも、これは一瞬、またもとの生産と消費の世界へ戻ります。

心の奥底で波打ち混沌としている渦を明確なものにしたい。
このような想いが湧き立ってきます。
現代科学の枠では捉えきれない領域の感情を表出したい。
この衝動がアートの原形を創りだすものと考えています。

生産と消費のサイクルのことを経済と規定したうえで、
様々な生産物をこのサイクル上に乗せてランク付け価値の基準をつくります。
でも、もうお判りのようにこの基準では測れない心の衝動。
この衝動の表出を試みることが大切な営みだと考えています。

アートすることとは、この領域を意識し何らかの形に表出すること。
この結果、表出された形あるものがアート作品ということになります。
「アート」とは、このアートする行為と結果の総体をいえばいいと思います。
見えない混沌としてかたちのないもの。
この不思議なものに対して、見えて整然としたものに置き換える作業。
宗教の原理があり、芸術の原理があり、
この両者を生産と流通の世界に隣接させて置くことで、
この世はあたかも生存のための安定を得たかのようです。

宗教家はその時代の心の救済者です。
芸術家はその時代の心の救済者です。
これらのの庇護にもかかわらず、
自分の心の奥底の混沌を明確化したいと思う衝動に駆られたとき、
アートする行動が芽生えてくるのです。

心の奥底の混沌状態は情動と欲情として自分の身体を揺すります。
この揺すってくる情と欲を満たしていくために、手段と形式を選びます
すでにある形式を枠として、そこに自分の手段をもって埋め込んでいくのです。
アートとはこの全体であり、アートすることとは全体に向けたプロセスです。

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