中川繁夫の記録

中川繁夫のブログです。

2019年12月

写真展記録-5- NISIJIN1982 マイトレーヤー
PICT1675
PICT1676
PICT1677
PICT1678
PICT1679
PICT1680
PICT1681
PICT1682
PICT1684
PICT1683
PICT1685

_20191227_150512
2019年12月30日、雑記帳復活、ここのブログには、写真資料と写真の文章を綴ってきているので、やめるにやめれないのです。今年一年、いろいろとやってきたところですが、思うほどに動かなかったから、来年は主体的に行動するのには、少し静観しようとの思いがやってきています。正月明けにも、このブログを続けるつもりしているので、シリーズのタイトルを変えようとも思っています。ここには自分のやってきたことが記録として残してきているので、消滅させるには惜しい気がしているのです。でも、終焉の方に向けているから、記事をアーカイブして消してしまうかも知れません。

資料集として提供しようという思いが過去にはありまして、このブログには、中川が集めた日本の写真家たちのイメージ、それに中川の評論的な文章を中心に構成してきたところです。その公開しておく役目も、もう終わっているのかと思っているんです。もう、同時代の人じゃない年代だし、いまさら中心的に旗振ってもだれも来ないことが明白となったようだから、このへんが引きぎわというところでしょう。けっきょくはぐれ狼みたいになってしまって、他人を恨んでも仕方がなくて、自分で責任を取るべきだろうと思います。

2020年は東京オリンピックの年だといって、世の中、景気浮上させようと躍起になっているけど、僕レベルでは金婚式を迎える年です。50年が経ったわけですね、昔なら珍しいことかも知れません。ここまで生きてきて、なにが為し得られたのか、いろいろ思うけど、ひとりよがりでしかなかった、と思えます。作品を残していくのにネットメディアのなかだけでは、限界があって、やっぱり本にしていかないと残らないなぁ、と思ったり、本にしたところで、だれが見てくれるのか、過去の人たちが写真集を残したりしているけど、死んでからでは仕方がないと思います。


写真展記録-4- 1982 ギャラリー有
PICT1983
PICT1985
PICT1970
PICT1978
PICT1991
249_4911

写真展記録-3- 1983 京都写真壁
PICT1149
PICT1146
PICT1135
PICT1134
PICT1125
249_4913

写真展記録-2- 1979&80 釜ヶ崎
PICT0051
249_4907
PICT0663
PICT0847
PICT1898
PICT0321
PICT1903

写真展記録-1- 1982 広島女学院大学
PICT1115
PICT1113
PICT1117
PICT1118
PICT1119

_20191220_134705
風邪ひいたのかみずばなが止まりません。
熱はないようですが、こころもちけだるい気持ちです。
もう12月20日まで来てしまって、今年の反省をしておかないといけない。
いろいろと試みましたけど、成熟してくるところまでには至らなかった。

フォトハウス表現学校を創ろうと呼び掛けているところです。
現代表現研究所を設立して、新しい時代を迎える個人の在り方を考える。
今年、いくつかの枠と関係持とうとしたところですが、スローペースです。
春には、また、写真のワークショップを企画して、実施したいと思っています。

現役で、写真制作を行っています。
自然体のノーマルな写真制作をこころがけています。
といいながら、モノクロで無題と題した写真を、インスタグラムで始めました。
ノーマルと言いながら、かなり手を加えて、作品としています。

_20191206_153846
12月13日金曜日、寒い日でストーブ全開ですね。
今年は電気とガスの暖房にして、電気を主に使っているところです。
光熱費は、夏がクーラー、冬はストーブ、だいたい一日千円程度を使用しています。
家計の経済規模が縮小しているのに住居は以前のままだからですね。
いっそワンルームにしたら安上がりなのにと思うけど、できないですね。

身の回りのことが変化しているのがわかります。
家族も一年ごとに年を取って孫たちの環境も変わってきます。
自分が手掛けているネットでの展開も、時代にほんろうされている感じです。
縮小、朝からインスタグラムとツイッターを消しました。
いちおう新しいアカウントで開設しましたが、縮小していきます。

フェースブックはこのまえに整理したので、今回はアカウントひとつだけ、残存です。
関係してきたグループとか、ネットのグループとか、見直ししようと思っています。
身の丈に応じたところで、なんていうのもなんだけど、体力、気力の減退を感じるから。
あまり無理しなくても、自然体にまかせていけば、それでも失礼にならないですね。
年末に、いろいろ思うこと、整理しないと、いけないなぁ、と思っているのです。


_20191208_001430
記念写真を撮ってもらうというのでポーズをつけてみた。
かって見覚えのあるイメージが脳裏によぎって、その真似をしてみた。
田村寫眞館、森の手づくり市記念、2019.12.7と書いたシールが貼ってある。
そういえばあかつき写房の記念写真でも、これに似たポーズで撮ってもらった。
写真の歴史を紐解いた方なら、手本になった写真と写真集のことはわかる。

店主の田村さんは、まだ若い写真家で、活動は写真を撮るだけにとどまらない。
じべた、って言葉があるけど、まさにじべたで活動する京都の若手芸術家だと思う。
パン屋さんの取材で手作りパンのお店と店主さんを取材している写真家。
手づくり市などに出展して、写真を撮ってあげます展を商売としている。
ぼくが想定する「じべた」の一角を表現している、現代の表現者だと思う。

現代表現というと、メディアアートとか、コンピューター駆使のアートとかを想定しそう。
カメラというデバイスを使うのに、デジタルカメラで、静止画、動画を撮って編集する。
ネットワークのなかで、インスタグラムを使い自分を表現する、これが最前線だろう。
だが、待て、使う道具や技術は古くても、そこにあぶりだされるオーラが何者か。
内に向かってきた表現の歴史が、いまや個体の内面の奥深くからの表現を求めている。

_20191202_134027
乗用車を手放して一年になります。手放した理由といえば、維持費がきつい、高齢者になった、この二つが主な理由です。車が手元にないと不便なこともあるけてど、気持ちの上では安心です。事故を起こさない前に廃車にしておこう、とは本当に思ったことです。掲載の写真は、一昨日、富山県の井波というところへバス旅行で連れていってもらって、一枚とった記念写真です。十年ほどまえに車で行った場所でした。

運転免許を取得したのは、高校三年の夏休み。18歳になってすぐでした。自動車教習所に通って取りました。自動車が運転できることは、イザの時に仕事に就ける、と母親が言っていて、大学へいく金は用意できないから免許を取っておいで、と三万円をくれました。いよいよ高度経済成長時代に入ったころで、1964年、昭和39年というところでしょうか。でも仕事では重宝されたと思います、運転のアルバイトができました。

車を持ったのは子供が乗るというので買って、乗らなくなったので、後を引き継いで乗り始めて約30年間でした。乗り出してみると便利なもので、田舎へ行くのに車でいくこと30年です。おおきな事故を起こすこともなくきましたが、昨今の老人が起こす事故を見て、自分にもいつ起こすかわからないとも思って、廃車にしたのです。不便といえば不便ですが、持っていることの不安より、持っていないことの安心を、選んでいます。ちょっとノンビリズム復活ですね。


このページのトップヘ