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自分っていったい何者なんだろう、なんて今更こんな質問を自分に問いかけてみても明確な答えが出てきません。そもそも、こういう質問を自分に向けて発するということが、いつごろから起こってきたのだろうか。ぼくが思うにはパスカルのパンセあたりが、これの最初じゃないかと思うのです。といいながら、パスカルの研究をしたわけでもないし、パンセを読みこなしたわけでもなくて、なんとなくのイメージと刷り込まれなのかも知れないです。

自分を対照的に、向こうに置いて、そこから自分を見てみる、考えてみる、そういう作業が人間ならできそうな気がします。自分を分析するということです。他人を相手にあれこれと科学とかいう手法で、分析してしてきた歴史があるじゃないですか。この他者を自分に置き換えて、自分を相手に科学手法を使って分析する、ということ。これ、ぼくは現在の、認識論、芸術作品制作のテーマになるように思うのです。

自分とは何か、こういう問題だと思うのです。この問題に対して、どのような答えを導くか、それぞれの個人が導きだす答えは、すべて正解になると思います。というのもあらかじめ答えがあって、それを問うということではなくて、答えがない問いに対して答えを導こうとすることだから、答えの数だけ正解があるということになります。答えのない問いに対して、文学は文字を、写真や絵画は像イメージを、これを駆使して自分、そして他者に向けて、コミュニケーションするのです。