中川繁夫の記録

中川繁夫のブログです。

カテゴリ: 雑記帳

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写真集そのものはあまり手元に残っていなかったけれど、写真評論等がありました。
それらのすべてを手元から離してしまう決意で、昨日、梱包して発送しました。
段ボールにいっぱい詰めて9個になりました。
この前に家へ来てもらって持ち帰ってもらったのもあり、もう手元にはほぼありません。
整理し始めた最初のうちは後ろ髪引かれる思いでしたが、いまは清々した気持ちです。
あと、まだ、書類等の資料が残っていて、これも吟味しながら捨てます。

思えば長い道のりで、ほぼ50年を越えました。
それらの自分の資料は、記憶の証だから、捨てることは記憶を消すことになります。
でも、もう、踏ん切りがついて、あとは悠々自適、好きなことだけやっていこう、です。
文学系の本、大江健三郎、高橋和巳、堀辰雄、だれか要りませんか。
単行本の小説、文庫本の小説、岩波新書とか、残っていますが、いずれ処分します。
生きているうちに消去しておくのが、断捨離、終活、というものでしょうか。

自分を作ってきた外付けのハードデスクを消去した、というところでしょうか。
ただ、自分の作品、昔のもの、最近のもの、それは手元に残しています。
これらも、いずれ、ごみ箱に棄てることになると思いますが、それまでは、です。
いつ自分で処理できなくなるかわからないから、恥ずかしいものは処理します。
ネットにあげてあるペンネームの小説などは、どうしようかと思っています。
よかったら、だれかもらっていただければ、とっても助かりますけど。

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友長さんに書籍等の処分をしていると言ったら、引き受けてもいいとの返事。
そこから話がとんとんと進んで、写真と美術関連の書籍を中心にして、整理しました。
石井さんが資料を欲しがっているというので、もらってもらうことにしました。
一昨日、お二人が家へきてくれて、トランクに一杯ずつ持ち帰ってもらったところです。
あとはこちらで段ボールに詰めて、クロネコヤマトに搬送を頼むところまできました。

ギャラリー176、その周辺へ書籍等を持って行ってもらって、公開される。
資料は石井さんらの個人所有となると思うが、自分の手元から離したところです。
貴重な資料もあるし、個人の資料もあるし、それを一括して処分することにしました。
ここで自分の方向転換も含めて、これからのことをとらえていくことになります。
終活をさかんにいわれて、ついにその気分になって、処分することに決断しました。

手元に持っていて、評論の資料に使うかも、との思いがありましたが、そうはならない。
自分のことをとらえて複雑な気持ちになるけれど、あてにできるのは自分だけ。
この春は、自分への転機となる年で、過去を捨て、未来に向かおうと思うところです。
自由気ままに、文章を書き、写真を撮って、マイペース、自己満足。これでいいのかも。
あとどれだけの年月、時間が残っているのかわからない、これが迷いの種ですね。

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なにげない、いにしえの、古刹にもならない祠の裏に、石の地蔵さんが祀ってあった。
椿と樒が、供えてあって、線香立て、それに水入れ、さりげない飾りです。
信仰、ということでいえば、この石仏を守っている人がいる、ということに感動です。
感動といえば、ぼくがその生き方に感動した人物は、夏目漱石にベルメールですね。
詳細は書きませんが、この両方の生き方に賛同するところで、自分を起立させます。

ここでは、最近、インスタグラムで連載した写真を、載せているところです。
このブログはデスクトップのパソコンを使って、情報発信しているところです。
見る人は少ないですけど、自分の作品をストックしていくブログとして動かしています。
そのインスタグラムが、このパソコンでは画面が表示されないので、どうしようかと。
原因不明なので、インスタグラムをやめようかと、思っているところです。

コロナウイルスの蔓延が、世界をある種恐怖におとしいれている感じです。
ウイルスってのは、病原菌ですが、パソコンのウイルスも怖いです。
生命としての人間が、自然発生のウイルスの脅威に、直面しているんですね。
中世か近代の話じゃなくて、これだけ進化した現在のなかですから、びっくりです。
人間って、なんだこりゃ、小さな存在だなぁと、微力なんだなぁと、思いますね。

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このまえ昭和時代の古いラジオから声がでなくなったので、新しいラジオを買いました。
ミニコンポやラジカセでラジオも聴けるものがありますが、ラジオだけのにしました。
高齢者向けなのでしょいうか、昔懐かし、レトロなデザインです。
丸いダイヤル、昔はバリコンを、直接ダイアルでまわして、周波数をあわせました。
最近のはデジタルで、自動選局とかの機能がついていて、便利ですが、です。
ぼくがレトロなラジオを選んだ理由は、操作が簡単、扱いやすい、これです。
これから愛用しようと思います、といっても朝の時間だけですが。

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2020年の1月が終わります。
けっこう長かったなぁ、という感覚ですが、これは毎年、そう思っているようです。
年月や時間が過ぎる感覚ってのは、思い方によると思うけど、一年過ぎるのが早い。
多分に漏れず年取ると、年月が矢のごとく過ぎていく感覚ですね。
このまえ敬老乗車証をもらったとこなのに、もう四年近くが過ぎます。
でも、いいこともある、忘れるための年月が、すぐに過ぎていくんだから。

あれから四年近くが過ぎました。
ふっと一瞬の光景が浮かんで、消えていきますが、もう感情はあまり伴いません。
年月が過ぎて、感情が伴わないことで、それらは過去とみなすことができます。
つらい気持ちが癒えてきて、癒されてきて、前へ進むことができます。
マタイ受難曲ってのを聴いているところですが、言葉はわかりませんが、癒されます。
竜安寺の奥の山に御陵があって、そこへ行くことにして、寒波のなか行ってきました。

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えろすかろすというタイトルのブログをつくりましたが解消させました。
そのかわりに愛の日々というタイトルのブログをつくりました。
内容が微妙にセクシュアルな内容となるので、アダルトの枠にしました。
写真家ならメイプルソープがいましたが、それはセクシュアルな側面でした。
小説家ならだれをあげようか、永井荷風とか、一説、四畳半襖の下張りの作者。
文学も、映像も、その根底から取り扱おうとすると、人間の性に行き当たります。

人間の性を根底から掬い上げようとすると、現在日本ならアダルトサイトでしょうか。
アダルトサイトに登録したので、SNSには連動させません。
ここのライブドアさんのブログですが、いまはLINEの運営になっているようです。
日本で発信するアダルトのブログといえば、ここが大きな存在、読者も多いです。
というより、ネットの時代になって、性領域への関心は、ネットで閲覧の時代ですね。
確かにリスクも多いけど、生きることの潤いになる領域だと、作家として思うのです。


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1995年1月17日、いまから25年前のことですが、阪神淡路大震災が起こった日です。
朝から、記憶を呼び起こすニュースが流れてきて、悲痛な思いにふける一日でした。
多くの方が亡くなられて、そのことを思うだけでも、涙しそうになります。
そのころは住之江の写真と映像と美術の専門学校に勤めていました。
いろいろと思い出す光景が多いので、今日は、悲しい記念日だとだけ記しておきます。

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2020年1月14日、和暦では令和2年です。どうして日本には西暦と和暦が共存しているのか。公式な文書での日付表記は、和暦ですね。そういうことでいうと、ぼくの生まれた年は、昭和21年です。西暦で1946年です。西暦で歴史の事件のなんかを理解してきたから、西暦で考えることが多いです。たとえば1970年の出来事、なんていうとあれこれ記憶がよみがえってきますが、昭和45年といわれると、ええと、なんやったかな、1970年やなぁ、なんてことで、西暦に換算しているんですね。

1970年というと、実は、結婚した年で、今年50年を迎える、という話につながって、大阪万博があった年としての記憶がよみがえります。昭和45年ですね、なにがあったのか、昭和43年という年、これは大学の学生証ナンバーが3Lから始まったかなぁ、和暦の3年、Lは文学部、そんな記憶がよみがえります。1968年4月、大学に入学できた。ちょうど学園紛争が起こっていたころで、騒然としていました。自分としても1968年から1970年の二年間は激動だったと思えます。

中国からの留学生で後進局という雑誌を発行した人と、昨日、話を交わしたのですが、雑誌の特集は「アートと検閲」です。オームの時代は、との話とか。オームとはオーム真理教のことで、悪なのかどうなのか、と問われて結論だしませんでした。ぼくなら1969年の東大安田講堂占拠の話で、教育の根本問題を提起していたんだよ、と半世紀前の思潮を話題にしてあげました。まあ、そういう話ができたことが、何よりで、日本の学生からはこんな話が出てこないなぁ、と思うのでした。

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2019年12月30日、雑記帳復活、ここのブログには、写真資料と写真の文章を綴ってきているので、やめるにやめれないのです。今年一年、いろいろとやってきたところですが、思うほどに動かなかったから、来年は主体的に行動するのには、少し静観しようとの思いがやってきています。正月明けにも、このブログを続けるつもりしているので、シリーズのタイトルを変えようとも思っています。ここには自分のやってきたことが記録として残してきているので、消滅させるには惜しい気がしているのです。でも、終焉の方に向けているから、記事をアーカイブして消してしまうかも知れません。

資料集として提供しようという思いが過去にはありまして、このブログには、中川が集めた日本の写真家たちのイメージ、それに中川の評論的な文章を中心に構成してきたところです。その公開しておく役目も、もう終わっているのかと思っているんです。もう、同時代の人じゃない年代だし、いまさら中心的に旗振ってもだれも来ないことが明白となったようだから、このへんが引きぎわというところでしょう。けっきょくはぐれ狼みたいになってしまって、他人を恨んでも仕方がなくて、自分で責任を取るべきだろうと思います。

2020年は東京オリンピックの年だといって、世の中、景気浮上させようと躍起になっているけど、僕レベルでは金婚式を迎える年です。50年が経ったわけですね、昔なら珍しいことかも知れません。ここまで生きてきて、なにが為し得られたのか、いろいろ思うけど、ひとりよがりでしかなかった、と思えます。作品を残していくのにネットメディアのなかだけでは、限界があって、やっぱり本にしていかないと残らないなぁ、と思ったり、本にしたところで、だれが見てくれるのか、過去の人たちが写真集を残したりしているけど、死んでからでは仕方がないと思います。


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風邪ひいたのかみずばなが止まりません。
熱はないようですが、こころもちけだるい気持ちです。
もう12月20日まで来てしまって、今年の反省をしておかないといけない。
いろいろと試みましたけど、成熟してくるところまでには至らなかった。

フォトハウス表現学校を創ろうと呼び掛けているところです。
現代表現研究所を設立して、新しい時代を迎える個人の在り方を考える。
今年、いくつかの枠と関係持とうとしたところですが、スローペースです。
春には、また、写真のワークショップを企画して、実施したいと思っています。

現役で、写真制作を行っています。
自然体のノーマルな写真制作をこころがけています。
といいながら、モノクロで無題と題した写真を、インスタグラムで始めました。
ノーマルと言いながら、かなり手を加えて、作品としています。

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