中川繁夫の記録

中川繁夫のブログです。

カテゴリ: 記憶の記録

写真展 ザ・フォーラム釜ヶ崎&マイトレーヤーNISIJIN1982
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写真展と内灘 1976~1982
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吉崎御坊 2010.11.19
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遊郭のあと 2008.1.18~
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記憶の記録-1- 表紙

遊郭のあと 2008.1.18~

吉崎御坊 2010.11.19

写真展と内灘 1976~1982

写真展 ザ・フォーラム釜ヶ崎&マイトレーヤーNISIJIN1982

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  東松照明京都取材 1982年4月

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気に入った絵描きさんの写真を一枚アップして、物語を紡ごうと思います。
自分が撮った写真を見ると、その写真を撮ったときのことが思い起こされます。
不思議なもので、写真に限らず、メモでもそうだが、写真が一番思い出しやすい。
この絵描きさんを撮ったのは、まだ二年半前のことで、個展されていた。
五つのジャンルのワークショップを一つの器でする企画を持ったころです。
表現塾の美術の先生をつとめてもらいたいと思って、ご面会させていただいた。

ぼくの物語の中で、絵描きさんは主人公となっていました。
柔らかなタッチの絵、アブストラクトな絵、日本画の手法で描かれる絵。
学ばれた学校が京都で、そのころ写真を撮りに行っていた場所に住んでおられた。
いくつかの事実を点で聞いて、その点をつなげて線として、絵描きさんをとらえる。
上品なふるまいは、ぼくを魅了していったし、絵の世界が素敵に思えた。
美術塾の先生を担っていただく希望は、ぼくのなかで、もう消え失せさせました。

ベートーベンがいいかと思って、いまシンフォニーを聴いています。
第九まであるシンフォニーの第一番の冒頭の音が、いま流れています。
そういえば、音楽に心をふるわせたのが子供のころ、一番早くでした。
箪笥のなかの棚に隠されていた本をみつけて、読んだのは小学高学年のころ。
性癖といえば、そのころのインパクトが、いまに尾を引いているのだと思えます。
遠い、深い、ぼくの心なかの闇の宇宙のイメージが、立ち昇ってきているのです。
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昨日(2019.9.7)日本写真芸術学会関西支部の研究会で発表させていただきました。
1970年代以降の関西の写真動向を考える、京都を中心とした写真活動について。
タイトルは上記ですが、中川の当時の活動について話させていただきました。
写真の現場としての釜ヶ崎、フォトハウスワークショップ、そんな話題を提供しました。
一夜明けていま、パソコンのなかにこんな写真が見つかったのでアップします。

労働者やっている男の人と記念撮影風に写真を撮ってもらった。
カメラはぼくが使っていたニコンで、だれにとってもらったんだろう。
撮ってくれた人がいる、思い出した、小暮徹さん、月間カメラマンのカメラマン。
ぼくが取材を受けていた時に、ぼくが撮られたときに、ぼくのカメラで撮ってもらった。
ということは1979年の秋のことです、もう40年も前の出来事ですね。

ところで日本写真芸術学会の会長、高橋則英さん、フォトハウスWSに来られています。
1985年のことで35年ぶりにお顔を合わせた、高橋さんも覚えておられました。
当時は日本大学芸術学部写真学科におられて、現在は教授さんです。
オリジナルプリント時代に入っていて、アーカイバ処理のWSを担当していただいた。
さっそく、ぼくが取り組んでいる<肖像写真>の被写体になっていただきました、ありがとう。

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パソコンに入っているフォルダを開いて、見ていたら、この写真が見つかりました。
写真展の展示風景、釜ヶ崎の写真、場所は釜ヶ崎の希望の家の喫茶ルーム。
パネルではなくて引き延ばした写真を模造紙に張っているから、第一次の巡回展。
1980年から要所要所で巡回展を実行したうちの一つです。

あれからもう40年も過ぎるんだと思うと、感慨深い気持ちになります。
展示用の写真と、和綴じの写真集をつくって、持ちまわるという企画でした。
いまでは、もう、体力がそこまでないから、できない気持ちです。
若いというパワーは、もう戻ってこないんだなぁ、と思うと虚しいですね。

9月7日土曜日に、1980年代の写真行為について話をする機会を得ました。
ビジュアルアーツの教室で、自分のことを中心に話を展開しようと思っています。
釜ヶ崎取材、東松照明さん、フォトハウスWS&資料室、これが中心です。
こんな機会ないから、とっても楽しみです。


現代・表現・研究、というフレームをつくって、論を立てようと思っていました。記録とは何か、という命題とか、記憶との関連はどうなのか、とかの問いへの枠のことです。写真はカメラを使って目の前にあることを記録する、記録装置です。いや、もちろん例外は多々あって、電波を合成して画像にするとか、そのほか。でも、まあ、原則は、カメラ装置で自分が遭遇する見たものをとらえることです。

記録、記録されてきたことが、編集されて歴史となる、とこういう手順でしょうか。でも、編集する人のなかには、記憶という蓄積があると思っています。この記憶が、記録するに足りる価値を、自分にもたらしている、と思うのです。現代における個人の表現とは、この記憶に基づく記録に他ならない、と思う。この記憶されていく自分を研究する、研究とは分析する、ということでしょうか。

掲載した写真は、先日、旧友のHORIUCHIさんに撮ってもらった自分です。撮ってもらった画像を、LINEを使ってぼくの手元のスマホに入れてもらった。その画像を、ぼくはぼくであると認識して、ダウンロードしてここにアップしたところです。けっこう複雑なプロセスを経て、生身のぼくの内部で、記憶と交錯して、認識しています。一方で、ぼくは不思議な感覚に陥っているのです。
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